第16話 雪洞にて
「ひぎゃあああああっ!!!」
「マスター、どうなさいましたか」
「っ……。ち、チルカ。そっか、夢から覚めたんだ……。一応ひたいを調べて……よかった、カチ割られてない……」
「カチ割られる、ですか。夢の世界で、どのような経験をなさったのですか?」
「うん、それがさ……」
僕の説明を聞いたチルカは、静かに頷いた。
「疾風怒濤の体験をなさったようですね。ですがなによりも、精霊化したエイア様との再会、おめでとうございます」
「うん。ダンカンさんの言ってた通り......別人になってたけどね。それでも……やっぱり会えてよかった。先輩は、きっと生まれ変わったらグラシエラみたいになりたいと思ってたはずだし、それに……先輩は満足して死んだんだって、教えてもらえたから。なんかさ……のどにつかえてた小骨が全部取れた感じ」
「マスター……ひしっ」「わ。急に抱きしめて、どうしたの?」
「マスターが新たなる一歩を踏み出されたことへの、喜びの抱擁でございます」
「あはは、そっか。てかチルカの身体、めっちゃあったかい……」
「あい。予熱しておきましたので」
「準備いいね……」
「マスターの寝顔を眺めていたら、勝手に体温が上昇したとか、その様な事実は一切ございません」
「上昇したんだ……」
「ございませんのです」
「今、何時ごろ?」
「6時26分21秒でございます」
「あ、もう朝なんだ……じゃ街に戻って準備を整えたら、早速ヴルカーン山に出発しよっか」
「あい、マスター。……ですが、その、もう少しだけ抱擁を続けてもよろしいでしょうか」
「もちろんいいよ。……ちゅっ……」
「ぷしゅーーー!!!!!!」
「じゅあわあああああっ!!?」
「あ……も、申し訳ございません。排熱機構が勝手に……」
「み、見事なカウンターっす……」
・・・・・・
「チルカ……火口まであとどのくらい?」
僕は彼女に背負われ、遡行魔法で展開した力場で吹雪を追い返しながら言う。
「晴天時に目視で確認した位置情報から推測すると、現在の速度で進行し続けたと仮定した場合、直線距離で約2時間です。ただし、周囲の地形によってはそれ以上かかると推測されます」
腰まで雪に埋もれながらも、力強く着実に進み続けつつチルカが言う。
「もう暗くなり始めてる……チルカ、吹雪が収まるまで野営しよう」
「あい。火口への進行を中断。ヒバークに適した場所の捜索を開始します」
大きな岩の風下に雪洞を掘ってもらい、その中に簡易テントを貼る。その中に二人で潜り込み、魔法の明かりをつける。吹雪の音が少し遠くなり、チルカの発する熱で、中が暖まり始めた。
「ふう……死ぬかと思った……」
「山の天気は変わりやすい、というのは本当だったのですね。出発時は雲一つない晴天だったのにも関わらず、一瞬で吹雪に巻かれてしまいました」
「出発する時間も、ちょっと遅めだったかもね……反省っす」
「マスター、体温が低下しておられます。暖かい食事をお取りください」
「うん。チルカは大丈夫?」
「あい。当機は、この程度の低温では活動に支障をきたすことはありません」
「流石帝国最新鋭のオートマタ」
「お褒めいただき光栄です。帝国に栄光あれ」
テントと外との間の、雪洞の狭い空間にティンの街で買っておいた小さな薪を置き、魔法で火を付ける。
「そーいえば先輩、遺跡で炎の嵐みたいなの使ってたよね……あれの威力を調整すれば、楽に料理ができるのでは……!?」
精神を集中させ、渦巻く火をイメージしながら魔法を放つ。
「……あ、あれ?しょぼ過ぎ……やっぱり魔法陣を組めないとダメなんかな……」
「当機をバーニングフォームに移行させた際の魔術でしたら、グリース、フリント、ワールウインドでございます。いずれも初級魔術ですので、マスターでも十分に再現可能かと思われます」
「……そう言われれば、なんかいろいろやってたよーな……」
薪に脂を乗せた後、着火し、風を送る。薪は見事に燃え上がった。
「やった、できた!……先輩、得意な属性以外も初級魔術でやりくりしてたんだなー……」
鍋に水と味噌、干し肉を入れ、即席の豚汁のようにして啜る。
「うまあ……やっぱり味噌が最強なんだよね……」
「換気にご注意を、マスター」
「うん。火はすぐ消したし、雪洞の入り口をちょっと開けておいたよ」
「流石でございます、マスター」
「へへ……。でも、残念だな。この状況ってさ、絶対世界で一番みそ汁がおいしく感じるシチュエーションなんだよね。なのにチルカに飲んでもらえないなんて……」
「あい。私も、早く味覚センサーを搭載したいです」
「その時は、腕によりをかけて料理を作るよ!何かリクエストある?」
「……では、ステーキを。いつもリィ様が、大変おいしそうに口にしていらっしゃるので」
「了解。よーし、やる気でてきた!吹雪が止んだらサクッと火の神殿を攻略して、チルカにステーキをごちそうするんだ!」
「あいあい。とても、楽しみです」
その後はただ並んで座りながら、静かに二人で時間を過ごす。僕は目をつぶって、外の吹雪の音と、チルカの身体が立てる低い駆動音を聞いていた。
「……?寒くなってきた……」
「申し訳ございません。温熱機構の駆動強度を上昇させます」
「チルカ……本当に身体に異常はないの?」
「あい。私は全く正常です」
「やせ我慢する事あるからなー……」
「ねい。断じてねいです」
チルカの手を握り、彼女の中へ潜ってみる。彼女の魔力の流れは弱弱しく、たどることが難しいほどだ。
「やっぱり……」
「なんですか」
「チルカ。ソウルユニットの残存魔力量は?」
「…………。23%。これ以上の出力低下は、自我の喪失を引き起こします」
「ヤバいじゃん!なんで言わないのさ!!」
「申し訳ございません。ご心配をおかけしたくなかったのです。マスターに寒い思いをさせたくないと考えていたところ、つい魔力を消費しすぎてしまいました」
「もうっ……魔力分けるよ。はい……」
「恐縮です……。あ……マスターの魔力......とても、温かいです……」
「たくさんあるから、遠慮せずにどーぞ」
「あい......」
チルカのソウルユニットは広大で、いくら魔力を注いでも満たされる様子がなかった。頭痛が徐々に強くなり、自分と世界の境界がぼやけ始める。
「くっ……あ、頭が……」
「残存魔力量、60%を上回りました。マスター......もう、十分です」
「ま、まだ4割も残ってるじゃん......」
「これ以上は、マスターの健康に被害が及ぶ危険性があります。
それに、魔力を通じて、あなた様が私を想う気持ちが伝わってきて......私の胸はもう、はち切れてしまいそうです......」
瞳を桜色に染め、僕から目をそらしながらチルカが言う。
───恥じらう彼女の姿に強い魅力を感じた僕は、思わず彼女を抱きしめた。




