第14話 初めて聞く、懐かしい声
「ハルトさん、チルカおねえちゃま、行っちゃ嫌ですの!レイ、頑張ってベッドの準備したんですのよ!」
「ごめん、レイ。親が僕の帰りを待っててさ……あんまり心配かけたくないから、できるだけ早く用事を済ませたいんだ」
「ハルトさん……わたくし、冒険のお話聞きたかったですわ」
「レイ。この冒険が終わったら、たくさんお話を聞かせてあげます。ですから、いい子で待っていてくれますか?」
「……はい!いっぱいいっぱいお話しするんですの!」
中空に明かりを浮かべながら、湖のほとりへと向かう。光に照らされた大地は一面真っ白で、闇の中からゆらゆらと現れた雪の欠片が降り積もっていく。
「焦っていますね、マスター」
「……そんなことないよ。地獄のお説教が怖いだけだって……」
「申し訳ございません、マスター。ダンカン様のお話の通りなら、精霊化したエイア様に会うことは、あなたに残酷な現実を突きつけることになるのかもしれません」
「それでも……いいんだ。先輩が本当にいなくなっちゃったんだって実感できたら......きっと先輩のこと、思い出にできるから。ずっと傷が治らないんだよ。血が流れ続けてるんだ。早く……かさぶたになって欲しいのに」
「マスター……」
「ダンカンさんは神の血とか言ってたけどさ、全然大した事なんてないんだよ、僕の魔法は。だって、巻き戻すだけで……先に進めることはできないんだから……」
「私がおります、マスター。このチルカ、持てる力の全てを以って、あなたが前へと進む補助をさせていただきます」
「チルカ……ありがとう。……んっ」
「!!!!……ぷしゅー……」
「あははは、照れすぎだよ」
「ふ、不意打ちは……卑怯です。事前申告を要請します」
「えー、慌てふためくチルカが見たいからやだ」
「ま、マスターはいじわるです……」
「そうだよ?あんまり知ってる人はいないけどね」
夜の湖は、静かにたゆたい、青白い月明かりをその水面に閉じ込めていた。
「ここで合ってる……よね。真っ暗だけど……」
「マスター、右手に宿屋らしき建物が見えます。明かりは見えません」
「そっか。じゃ、行ってみよう」
少し歩くと、僕にもその建物が見えてきた。そのこぢんまりとしたログハウスのデッキには、床板の隙間から雑草が生えている。
「あ……入り口が板で打ち付けてある……」
「あい。既に廃業しているようです」
「入り口の横に、何かの飾りが吊り下げてある……これは、双子月?でも、間にひびが入ってる……」
「『別れた双子月』と銘がありますね。この宿屋の名前だったのでしょうか」
「……あ、ここの窓外れそう。手伝ってくれる、チルカ?」
「マスター、他人の所有する家屋に無断で立ち入ることは違法です」
「うん、知ってる。ふぎぎぎぎぎ……」
「マスター、おやめください。所有者の許可を取るべきです」
「僕が前に進むために……一緒に罪を背負ってくれない?」
「…………。……マスターは、ずるいです。……ハッ!」
「おお、一瞬で取れた……流石チルカ」
「このようなことでお褒めいただいても、嬉しくありません……」
瞳を黄と紺に明滅させながら、チルカがぼやく。窓枠をまたいで中に入ると、かび臭いにおいが鼻をついた。床に積もった埃が歩くたびに舞い上がり、魔法の光を反射して白く浮かぶ。
「とりあえず、それっぽいベッドを探せばいいんだよね。見た目とかわかんないけど……」
一通り客室を回るが、あるのは古びたベッドの木枠と、壊れてしまったいすやテーブルの残骸ばかりだ。
「見当たらない……ムーンスターのベッドは、別の場所に運ばれちゃったのかな……」
「マスター。受付の足元にハッチがあります。地下に空間があるようです」
「倉庫かな?一応、入ってみようか……」
きしむ梯子を慎重に降りると、そこはがらんとした四角い空間だった。その中央に、飴色の木でできたベッドがぽつんと置いてある。
「っ……!あのベッド......」
「あい。近づいて調べてみましょう」
「げほっごほっ、埃がひどいね……」
木枠の四隅は柱のように伸び、その先端は何かを置く台座のように滑らかな曲面を描いていた。純白の枕と布団は見るからに柔らかそうで、夜空のような紺色に染め上げられたシーツには、白と金の糸で美しい模様が刺繍されている。
「このベッド......長い間放置されていたと推測されるにも関わらず、全く損傷がありません。たった今舞い上がった埃すら、これをよけて落ちていきます」
「うーん、明らかに加護!ってことは、これがムーンスターのベッドだね!」
「あい。やりましたね、マスター。正当な手続きを踏んだ上でのことならば、よりよかったのですが」
「ごめんて……早速眠ってみる!」
「あい。就寝中の警護はお任せください」
僕は靴を脱ぎ、上着をチルカに預けて布団の中に潜り込んだ。
「あったかふわふわ……」
「チルカがそばに控えております。安心して、お眠りください」
「うん......」
「おやすみなさいませ、マスター......」
「すやぁ......」
・・・・・・
「……………?ここは……」
気付くと見渡す限りの暗闇の中にいた。上も、下も、右も左も360度。ではなぜ僕は暗闇の中へ落ちていかないのだろう?
それは、これが夢だからだ。僕にはそれが分かった。不定形で、不透明で、不安定な空間......。ただ、いつもは何も感じないはずのその場所が、今は妙に居心地が悪く思えた。
「僕を……拒絶してる……」
唐突に、のしのしと大地を踏み鳴らすいくつもの足音が聞こえた。
「……っ!近づいてくる……!?」
「「「「むーんむーんむーん。けひひひひひ」」」」
「うあああっムキムキのリィの群れがっ」
「「「「「ん。ぶったたく」」」」
「助けてえええ肉あげるからああああ」
「「「「お前がおにくさんになるんだよ」」」」
「ぎゅむぎゅむぎゅむ!!!」
・・・・・・
「ジャイアントロボチルカです。殲滅します」
「うわああっでっかいチルカだあああ」
「絶対破壊ミサイル発射します。ズドーンズドーン」
「おっぱいが取れてミサイルに!?うぎゃああああっ!!」
「正義は勝つ。キュピーン」
「超長いアイネスが飛んでくる!!」
「蛇のアイネス、ヘビネスだよーっ!」
「うわああっ毒で服だけ溶ける!!」
「乳首に巻き付くよーっ!!」
「ひええええええ!!」
「がぶー♪」
「きもちいいいいい!!」
・・・・・・
「ぜーっ、ぜーっ、ぜーっ……ひ、酷い目に遭った」
闇の中を逃げ続け、膝に手をついて息を整える。……どうして僕は疲れているんだろう?これはただの夢なのに。
「にょほほほほ。わちきの見せる悪夢を乗り越えるとは、中々に見どころのあるぼんじゃのう」
「誰っ!?」
さらりと流れる薄桃色の長髪に深紅の瞳、色素の抜けたような透明感のある肌。幻想的な雰囲気をまとった女性が暗闇の中から現れた。
「よくぞ聞いた人間!わちきこそぷりちー!らぶりー!どりーみん!なドラゴン、オネイロックスちゃんじゃ!」
「口調はだいぶ俗っぽいなー……またキャラの濃い人が来た……」
「人ではない、ドラゴンじゃ!全く、最近の若い者は人の話を聞かんのう」
「あ、自分でも人って言ってる」
「うるさい!揚げ足を取るでないわ!……して、お主、斯様な夢の彼岸に何の用じゃ?人がここを訪れるのは……かれこれ三十年ぶりじゃのう」
「好きな人が亡くなって……その人は、精霊化したんです。ここに来れば精霊と会えるって聞いて、だから、その、もう一度会いたくて……」
「はぁ……またそのぱたーんかえ?つまらんのう。もっとおりじなりてぃを出して欲しいものじゃ」
「そんなこと言ったって……あなたにとっては飽き飽きするような話かもしれないけど、でも僕にとっては、大事な事なんです!」
「……ぼん、悪いことは言わぬ、やめておけ。その精霊は、お主の知っている者ではない。死んだ者は還らぬのじゃ」
「それなら、それでいいんです。どんな形であれ、先輩との関係に区切りをつけなくちゃ......半年前に止まった僕の時間は進んでくれないんだ……」
「……どうやら、本気のようじゃの。面倒くさいが詮方ない……風よ、吹けいっ!!」
「うわっ!?ちょっと、なんですかこの風っ!?」
「すまんのう、お主を通すわけにはゆかんのじゃ。あの高慢ちきの女王と、ここを守る契約を交わしているものでのう」
「女王って……エセリアルクイーンのことですか!?それじゃ、ここは本当に、精霊界に繋がってるんですね!?」
「いかにも。ここは大精霊ムーンスターの作りし世界の架け橋......泡沫夢幻にうつろう幽世とお主らの暮らす現世とを繋ぐ、彼女の終わらぬ夢よ」
「うっ……ダメだ、飛ばされる……!」
「さらばじゃ、ぼん。死んだ者のことなど疾く忘れ……幸せに生きるがよい」
「嫌だ……僕は、まだッ……!」
ガラスにひびが入るような音と主に、強烈な冷気が僕を包む。
「風が……止んだ?」
顔を上げると、透き通る水晶のような氷の壁が、吹き荒れる烈風から僕を守っていた。
「む、何奴じゃ!?」
「おばあちゃん、待ってくれるかい?。その人間は、ボクのお客さんなんだ」
暗闇の中から、まるで鈴のなるように美しく、凛々しい声が響いた。
───初めて聞くはずのその声は、なぜか不思議なほど懐かしかった。
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