第13話 ムーンスターのベッド
「ハルトさん、チルカおねえちゃま、行っちゃ嫌ですの!レイ、頑張ってベッドの準備したんですのよ!」
「ごめん、レイ。親が僕の帰りを待っててさ……あんまり心配かけたくないから、できるだけ早く用事を済ませたいんだ」
「ハルトさん……わたくし、冒険のお話聞きたかったですわ」
「レイ。この冒険が終わったら、たくさんお話を聞かせてあげます。ですから、いい子で待っていてくれますか?」
「……はい!いっぱいいっぱいお話しするんですの!」
中空に明かりを浮かべながら、湖のほとりへと向かう。光に照らされた大地は一面真っ白で、闇の中からゆらゆらと現れた雪の欠片が降り積もっていく。
「焦っていますね、マスター」
「……そんなことないよ。地獄のお説教が怖いだけだって……」
「申し訳ございません、マスター。ダンカン様のお話の通りなら、精霊化したエイア様に会うことは、あなたに残酷な現実を突きつけることになるのかもしれません」
「それでも……いいんだ。先輩が本当にいなくなっちゃったんだって実感できたら......きっと先輩のこと、思い出にできるから。ずっと傷が治らないんだよ。血が流れ続けてるんだ。早く……かさぶたになって欲しいのに」
「マスター……」
「ダンカンさんは神の血とか言ってたけどさ、全然大した事なんてないんだよ、僕の魔法は。だって、巻き戻すだけで……先に進めることはできないんだから……」
「私がおります、マスター。このチルカ、持てる力の全てを以って、あなたが前へと進む補助をさせていただきます」
「チルカ……ありがとう。……んっ」
「!!!!……ぷしゅー……」
「あははは、照れすぎだよ」
「ふ、不意打ちは……卑怯です。事前申告を要請します」
「えー、慌てふためくチルカが見たいからやだ」
「ま、マスターはいじわるです……」
「そうだよ?あんまり知ってる人はいないけどね」
夜の湖は、静かにたゆたい、青白い月明かりをその水面に閉じ込めていた。
「ここで合ってる……よね。真っ暗だけど……」
「マスター、右手に宿屋らしき建物が見えます。明かりは見えません」
「そっか。じゃ、行ってみよう」
少し歩くと、僕にもその建物が見えてきた。そのこぢんまりとしたログハウスのデッキには、床板の隙間から雑草が生えている。
「あ……入り口が板で打ち付けてある……」
「あい。既に廃業しているようです」
「入り口の横に、何かの飾りが吊り下げてある……これは、双子月?でも、間にひびが入ってる……」
「『別れた双子月』と銘がありますね。この宿屋の名前だったのでしょうか」
「……あ、ここの窓外れそう。手伝ってくれる、チルカ?」
「マスター、他人の所有する家屋に無断で立ち入ることは違法です」
「うん、知ってる。ふぎぎぎぎぎ……」
「マスター、おやめください。所有者の許可を取るべきです」
「僕が前に進むために……一緒に罪を背負ってくれない?」
「…………。……マスターは、ずるいです。……ハッ!」
「おお、一瞬で取れた……流石チルカ」
「このようなことでお褒めいただいても、嬉しくありません……」
瞳を黄と紺に明滅させながら、チルカがぼやく。窓枠をまたいで中に入ると、かび臭いにおいが鼻をついた。床に積もった埃が歩くたびに舞い上がり、魔法の光を反射して白く浮かぶ。
「とりあえず、それっぽいベッドを探せばいいんだよね。見た目とかわかんないけど……」
一通り客室を回るが、あるのは古びたベッドの木枠と、壊れてしまったいすやテーブルの残骸ばかりだ。
「見当たらない……ムーンスターのベッドは、別の場所に運ばれちゃったのかな……」
「マスター。受付の足元にハッチがあります。地下に空間があるようです」
「倉庫かな?一応、入ってみようか……」
きしむ梯子を慎重に降りると、そこはがらんとした四角い空間だった。その中央に、飴色の木でできたベッドがぽつんと置いてある。
「っ……!あのベッド......」
「あい。近づいて調べてみましょう」
「げほっごほっ、埃がひどいね……」
木枠の四隅は柱のように伸び、その先端は何かを置く台座のように滑らかな曲面を描いていた。純白の枕と布団は見るからに柔らかそうで、夜空のような紺色に染め上げられたシーツには、白と金の糸で美しい模様が刺繍されている。
「このベッド......長い間放置されていたと推測されるにも関わらず、全く損傷がありません。たった今舞い上がった埃すら、これをよけて落ちていきます」
「うーん、明らかに加護!ってことは、これがムーンスターのベッドだね!」
「あい。やりましたね、マスター。正当な手続きを踏んだ上でのことならば、よりよかったのですが」
「ごめんて……早速眠ってみる!」
「あい。就寝中の警護はお任せください」
僕は靴を脱ぎ、上着をチルカに預けて布団の中に潜り込んだ。
「あったかふわふわ……」
「チルカがそばに控えております。安心して、お眠りください」
「うん......」
「おやすみなさいませ、マスター......」
「すやぁ......」




