第12話 火の消えた炉、帰らぬ人
「機能の追加はもうできないって……どういうことですか?」
「どうもこうもないわい、言葉通りじゃ。
……特別に工房へ入れてやる。見た方が速いじゃろ」
ダンカンに連れられ、工房の中に入る。彼は奥の炉へ向かうと、無造作に蓋を開けてみせた。
「あれ……火が……」
「ほとんど燃えさししか残っていませんね。今にも消えてしまいそうです」
「この炉は、おじいちゃまの作業に欠かせない、とっても大事な炉ですの!でも、だんだん火が小さくなって……もう何十年も使えなくなったままですの……」
「新たに火を起こせばよいのではありませんか?」
「そうは問屋が卸さん。この炉は火の精霊の夢を燃やして動かす特別製でな、普通の火とは比べ物にならん熱が出せる。紫檀鋼の加工は、その高温でなければ行えんのじゃ……」
「なるほど。当機は、ボディの大部分が紫檀鋼で構成されています。確かに、この炉を使わずして、当機のためのパーツを製造するのは困難だと推測されます」
「あら、チルカさんもそうなんですの?私の身体も紫檀鋼でできてますの!チルカさんは、レイのおねえちゃまですの!」
「おねえちゃま……素敵な響きです。では、レイ様。あなたのことはただレイ、と呼んでもよろしいでしょうか」
「わあ!嬉しいですの!」
「ぬう……あっという間にレイと仲良くなりおって。
……ゴホン。炉が使えんでも、外装は何とでもなる。じゃが、ソウルユニットを中心とした動力系は必ず紫檀鋼で作られていなければならん。他の金属では、ソウルユニットの、感情を生み出すほどの膨大な魔力の圧に耐え切れんのじゃ。そして、ソウルユニットのないオートマタなど、ただの魔導具と変わらん」
「じゃあ、レイのソウルユニットの傷って……」
「ああ。直せなかったんじゃよ。今までは残っていた部品の交換で何とか修理していたが……何年か前、ついに最後のソウルユニットに亀裂が入っての。もはやこれまでかと諦めておったところじゃ……」
「ハルトさんはすごいですの!魔法みたいにわたくしを直しちゃいましたの!」
「うん。一応、魔法使いだからね」
「たわけ、あれが一応程度で使える魔法なものか。時を遡る魔法など、1500年生きてきて始めて聞いたわい」
「そんなこと言われても……使えるものは使えるんです……」
「終末戦争の前後、最も魔術が栄えていた頃でさえ、そんなものは影も形もありゃせんかった。一体お主は何者じゃ?神の血でも引いておるのか?」
「いや……たまたま運がよかっただけの一般人じゃないですかね。
……ある人の助けがなかったら、僕はこの魔法を使えるようになる前に死んでたと思うし」
「ふむう……それもそうじゃの。お主、全くもって覇気がない。野心も感じぬ」
「うっ……否定できない」
「話を戻してもよろしいでしょうか。紫檀鋼を加工するためには、火の精霊の夢が必要。しかし、精霊界とこの世界は隔てられており、互いに干渉は不可能。よって新しい火の精霊の夢を得ることもできない……ということですね」
「いや……新しい火種のありかの見当はついておる。ここノイシュタットには、人間との共生の可能性を信じ続けた、ムーンスターという名の大精霊がかつて暮らしておっての。彼女のもとに集った精霊たちは、エセリアルクイーンの統べる世界へと旅立つ前に、自分たちの力の一部を、三つの神殿に封じ込めていったのじゃ」
「三つの神殿......あ、わかりました!そのうちの一つが、火の神殿なんですね?」
「さよう。ノイシュタットから東、ヴルカーン山の火口近くにそれはある。……じゃがワシももう年じゃ、とても取りに行くことなどできなくてのう……」
「レイが取りに行ってあげるって言ったんですけれど、おじいちゃまに止められちゃいましたの!」
「だめじゃだめじゃ、レイには戦いなどできんじゃろう。神殿の中には、恐ろしい魔物や、命を奪う罠がひしめいておるのじゃぞ」
「レイは強いんですの!この前は、お野菜をつまみ食いしてるいけないチューさんを捕まえましたのよ!おじいちゃまは心配性ですの!」
「チルカ……いいよね?」「あい、マスター」
「ダンカンさん、僕達が新しい火種を取ってきます」
「うむ、そう来なくてはの。無事火の精霊の夢を持ち帰った暁には……チルカの改良、ロハでやってやろう」
「……ロハって何、チルカ?魔導具の名前?」
「ねい。無料、無償という意味の単語です」
「はえー……」
「全く、近頃の若者はものを知らんのう……」
「ありがとうございます、ダンカンさん。僕達あんまりお金がなくて……」
「そりゃ、見ればわかるわい。みすぼらしい恰好をしおって……」
「あはは……」
「ハルトさん、チルカおねえちゃま、今日はもう遅いですの!うちに泊まっておいきなさいな!」
「うむ、そうじゃな。レイ、客のために寝床の準備をしておくれ」
「はい、おじいちゃま!」
そう言うと、レイは元気よく駆けていった。
「ダンカン様、ムーンスターについて、一つお聞きしてもよろしいでしょうか。彼女は大戦中、ノイシュタットのある宿屋に精霊界へと繋がるベッドを贈っていたはずです。現在それがどこにあるかご存じではありませんか?」
「おお、知っておるぞ。今は、北の湖のほとりにある宿に置かれておるはずじゃ。……じゃが精霊がこの世界を去ってからというもの、そのベッドで眠って精霊界へ行けたという者の話は聞かんくなった。それどころか、二度とそこで眠りたくなくなるような、酷い悪夢を見るようになったという噂じゃ。……しかしお主ら、精霊界に用でもあるのか?」
「……どうしても、会いたい人がいるんです」
「ふむ。死者か」
「……っ!ど、どうしてそれを……?」
「冥華の害が広まっていた頃には、よくいたからのう。転生した家族や恋人に会うと言って、ムーンスターのベッドで眠る者が。かくいうワシもかつては……」
「じゃ、じゃあ本当に会えるんですね!?精霊化した人に……!」
「やめておけ。精霊化するということは、人だった頃の人格を全て失い、別の存在として生まれ変わるということじゃ。現実は物語のようにはいかん。死んだ者は、戻ってこんのじゃ」
「……だとしても、ここで諦めるわけにはいかないんです。先輩に会って話さなくちゃ......僕の時間を、少しでも前に進めるために……」
「言うても無駄か……まあ、好きにせい」




