2024/10/17(木曜日)
二日経っても、一小節すらもできていない。
つくづくあたしは非才だと実感する。歌詞のセンスがないのは元からだけど、曲調もどんどん迷走している気がする。
「あたしはどんな曲をほどくに歌ってほしいんだ?」
カーテンの向こうに西日の気配を感じながら自分に問いかける。
ほどくはどんな歌を好んでいるだろうか。思いを巡らせる。
……ほどくが好きだと言っていた曲は、全体を通して暗く、けれどもかすかな希望を予感させるバラードが多かった気がする。
翻って眩しくて明るいポップな曲は、欺瞞に満ちていてそんなに好きじゃないと言っていた。
「バラード」
簡単に言えば、ゆったりしたテンポの感傷的な曲。
曲調をつくる上で、アコギとの相性はすこぶるいい。深く意識せずとも、アコースティックギターの音色は聴き手をどこかセンチメンタルにさせる。
問題は歌詞だ。
バラードをつくる上で、朴訥ながらも叙情的で胸に染み入る言葉を選ぶ能力は必要不可欠、それが曲の骨子といっても過言ではないだろう。
ポップスやロックなら勢いで多少は歌詞の粗さの誤魔化しが効くけど、バラードはそうはいかない。
作曲能力は、曲がりなりにもプロの世界で通用すると太鼓判を押してもらえている一方で、こと作詞においては、評価してもらうどころか一度も完成させたことのないあたしにとって、バラードに挑戦するというのは無謀としか思えない選択だった。
「あったかな」
PCにアップロードされた未完の曲の中からバラード調の曲を探す。
誰のためでもない曲だったのなら、できっこないと匙を投げていただろう。けど、これはほどくのための曲だ。である以上、自身の未熟さを言い訳にして妥協に走るわけにはいかない。
何日、何週間かかろうとも、完成させてみせる。
それが、あたしの今日を歩いている理由だ。
苦手なものは意識せずとも忌避してしまうようで、バラード調の曲は全然見つからなかった。
一からつくらなきゃいけないのかな、と半ば諦観しながら過去につくった曲を漁っていると、一曲だけお目当ての曲調が見つかった。
そのタイトルを見て、あたしは思わず苦笑してしまう。
「まるではじめからこうなる運命にあったみたいじゃないか」
――君のいない〇曜日。
方位磁石が解散したことで未完となってしまった、曲名はおろか一番の歌詞と冒頭のメロディしかできていない曲。
あの当時は何曜日がこの曲にしっくりくるのか、ついに結論が出ることはなかったけど、今なら空欄を埋めることができる。
――君のいない金曜日。
五線ノートの該当するページを開き、目に飛び込んだ歌詞を見て思わず笑みがもれる。
「ほどくがいなくなっても金曜日は騒々しいままなんだよ」
音は無くならないし、潮風は緩やかに運ばれる。
日常は南野ほどくなんて最初から存在しなかったかのように動いて、それをただひとり認知しているあたしだけが喪失感に苛まれる。
朝のHRをサボった日は欠かさず君から送られてくる、三限からは授業に参加するよう窘めてくるLINEを実は待ち遠しく思っていて。
授業中、ふと視線がぶつかると君はへにゃっと笑って手を振ってきて。
それをうれしく思いつつも、羞恥が勝って視線を逸らしてしまって。
いっしょに帰ろうって、あたしがどれだけ煙たがっても声をかけてくれた君はいなくて。
伊都って、あたしの名前を呼んでくれるのは君だけなんだと改めて痛感して。
君だけが、昔からあたしを見てくれているんだと気づいて……
「あぁ難しいなぁ」
解像度が高すぎるのも困りものだ。ただでさえ情報を整理するのが苦手だっていうのに。
けど、この想いを余すことなくほどくに届けたい。
これまで口にしてきた「嫌い」を取り消せるだけの、「大好き」を伝えたい。
音楽をやっていてよかったなと、文字を書き殴りながら強く思う。
こんな真っ裸な気持ちは、とてもじゃないけど音楽に潜ませなきゃ届けられない。




