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第1章 「始まりの鐘は三度鳴る」 第8話

眩しい朝日が、カーテンの隙間から優しく差し込んでいた。


飛彩翼はベッドの中で小さく身じろぎをし、ゆっくりと目を覚ました。


まだ眠気の残る目をこすりながら、ふわふわとした頭でリビングへと向かう。


そこでは、兄の怜人がいつものように朝食の準備をしていた。


テーブルの上には、黄金色に焼き上がったフレンチトースト、彩り鮮やかなサラダ、そして温かなコンソメスープが並んでいる。


朝の柔らかな光が、食器に優しく反射していた。


「おはよう、翼」


怜人が穏やかな声で挨拶した。


「おはよう、兄さん」


翼もまだ眠そうな声で返しながら、テーブルに近づいた。


その瞬間、怜人がチラッと翼の方を見て、すぐに視線を逸らした。


「……ご飯の前に着替えておいで。何も履いてないのは、家でも流石にだよ」


兄の言葉の意味が、一瞬、翼の頭の中で繋がらなかった。


「……え?」


ふと自分の下半身に視線を落とした翼は、凍りついた。


パジャマのズボンが、すっかり脱げ落ちていた。


女の子らしい、薄いピンクのパンツが朝の光の下に丸見えになっている。


「っ……!?」


翼の顔が、瞬時に真っ赤に染まった。


眠気など一瞬で吹き飛んだ。


(いつ脱いだの!?さっき起きた時は履いてたはず……ってか、昨日寝る前はちゃんと履いてたよね!?)


思考が完全にオーバーヒートした。


頭の中でパニックが渦を巻き、言葉が出てこない。


「ご、ごご、ごめんなさい!すぐ着替えてきます!!」


翼は両手で前を隠しながら、慌てて自分の部屋へと駆け戻った。


ドアを閉めた瞬間、彼女はベッドに突っ伏した。


(朝から……災難すぎる……)


兄にパンツを見られるなんて。


いや、兄だからまだマシだと思った方がいいのかもしれない。


でも、兄であっても恥ずかしいものは恥ずかしい。


胸の奥がじんじんと熱くなって、モヤモヤとした気持ちが消えない。


なんとか気持ちを整えて家を出た翼は、百合々咲音楽学院へと向かった。


朝の陽光が、淡い金色のポニーテールを優しく照らしている。


赤いリボンが、彼女の歩みに合わせて軽やかに揺れる。


すると、後ろから突然、柔らかい感触が翼に抱きついてきた。


「つ~ば~さ!」


こんな明るく元気いっぱいに抱きついてくる人物は、ひとりしかいない。


「……二乃〜」


「あ、バレた?」


二乃が、翼の背中に頰をくっつけたまま笑った。 相変わらず朝からエネルギーが満ち溢れている。


しかし、翼が振り返ると、二乃の目元にうっすらと隈ができているのがわかった。


「あれ、隈どうしたの?」


「あぁ、これ?昨日、D4の生配信やってたから〜」


二乃はあっけらかんと答えた。


彼女はハイスクールアイドル「D4(ディーフォー)」の大ファンだった。


アクターズミュージカルアカデミアで最近結成されたばかりのグループだが、その人気はすでに爆発的。


二乃はライブに通うのはもちろん、グッズ集めにも熱中している。


「エーデルの顔に隈なんてあったら、怒られるんじゃないの?」


「そんなこと……あるかもね」


二乃は少し困ったように笑った。


「あとでコスメ貸してあげるから、ちゃんと消してよ?」


「はーい」


二乃は翼の腕に絡みつきながら、お気楽に返事した。


翼は小さくため息をつきながらも、幼馴染の明るさに少しだけ心が軽くなった。


学院の校門をくぐった瞬間、翼はすぐに講師のドロシー・アンに呼び止められた。


ドロシーはいつものように厳しくも優しい視線を向け、簡潔に告げた。


「飛彩、カバンを教室に置いたらすぐに理事長室に行くように」


「あ……はい」


あまりにも突然の言葉に、翼は何がなんだかわからなかった。


心臓が急に速く鳴り始め、朝の恥ずかしい出来事や二乃との会話も一瞬で頭から吹き飛んだ。


教室にカバンを置くのもそこそこに、翼は校舎の奥にある理事長室へと急いだ。


長い廊下を歩く足音が、自分の鼓動と重なって大きく響く。


胸の奥で、期待と不安が激しく混じり合っていた。


理事長室の重厚な木製のドアの前に立ち、翼は深く息を吸い込んだ。


「……失礼します」


小さくノックをしてからドアを開けると、中から柔らかく澄んだ女性の声が返ってきた。


「どうぞ」


部屋の中は、朝の光が大きな窓から差し込み、優雅な雰囲気に満ちていた。


翼を待ち受けていたのは、


百合々咲音楽学院の理事長 ミリー・マーキス。


彼女はドレスのように優雅に広がる深紅の服をまとい、銀色の髪を美しくまとめていた。


その佇まいはまるで貴婦人のようで、学院の伝統と威厳をそのまま体現したような存在だった。


ミリーは穏やかな微笑みを浮かべ、翼をまっすぐに見つめた。


「待っていましたよ、飛彩翼さん」


「あの……呼ばれて来たんですけど……」


翼の声は少し震えていた。


理事長はゆっくりと立ち上がり、静かに、しかし確かな重みのある声で告げた。


「単刀直入に申し上げます。 飛彩翼さん、あなたを百合々咲音楽学院のエーデル、 『フラウ・ヒンメル(空の君)』に任命します」


その言葉は、部屋の空気を震わせるほど重く、そして強く響いた。


翼の瞳が大きく見開かれた。


エーデル……?


私が……なれたの?


頭の中で、昨日の最終選考の記憶が一瞬で蘇る。


哪吒の厳しい視線、二乃の応援、星空の下で李梨奈に語った夢……すべてが、 この一瞬に繋がっていた。


「おめでとう、飛彩翼さん」


ミリーの声が、優しく翼の胸に染み渡った。


翼の目頭が熱くなった。


「ありがとうございます……!!」


声が震え、思わず大きな笑顔がこぼれた。


夢が叶ったかのように思えた。


エーデルになれた。


そして、ようやく夢に手が届くところまで来た。


これで……できるかもしれない。


12年前に「過ぎ去りし流星たち」が演じた、あの伝説の舞台『SNOW WHITE』を。


翼の胸の奥で、熱いものが溢れそうになっていた。


ミリーは静かに微笑んでいた。


「あなたはこれから、学院の『空』となる。 その責任と誇りを、しっかりと胸に刻んでください」


翼は深く頭を下げた。




これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。そして……





夢を叶える物語である。



第8話 完

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