第11章 「世界が動き出し、輪舞がはじまる」第4話
舞台創造科の作る大道具が、
着々と形になってきた。
緑あふれる深い森。
豪華絢爛な城の玉座の間。
白銀に輝く雪の舞台。
色のなかった空間に、世界が作り出されるかのようだった。
木々の葉の1枚1枚、城壁の石の質感、王座の装飾
すべてが、細部まで魂を込めて形作られていく。
「転換練習始めるよ」
侑樹がバインダーとストップウォッチを手に、
指揮を始めた。
舞台創造科の生徒たちが、それぞれの配置につく。
緊張と集中が、教室全体に張りつめていた。
「スタート!!」
侑樹の掛け声とともに、舞台装置が動き出す。
色鮮やかに照らされたステージは、
瞬時に別の空間へと変わっていく。
森の木々が音を立てて滑り、城の壁がせり上がり、雪の床が広がる。
暗転の闇の中で、すべてのセットが息を合わせ、
流れるように移り変わる。
侑樹がストップウォッチを止めた。
転換時間は平均30秒をわずかに切る。
通常なら早い部類に入る出来映えだったが——
ロゼ・アディンなら、きっとこう言うだろう。
「あと5秒短くしろ」
侑樹はストップウォッチを握りしめ、
唇を軽く噛んだ。
「もう少し……みんな、もう少しだけ速く!」
生徒たちの息が、再び荒くなる。
汗が額を伝い、指先が震えながらも、
次の配置に飛び込む。
照明が変わり、音響が調整され、
大道具が再び滑り出す。
翼はステージの袖から、
その光景を静かに見つめていた。
(すごい……みんな、こんなに頑張ってる)
エーデル不在の数日間で、
裏方たちは確かに成長していた。
技術だけでなく、想いまでがセットに込められているのが、肌で感じられた。
侑樹が再びストップウォッチをリセットし、声を張り上げる。
「もう1回!今度は8秒短くいくよ!」
生徒たちの「はい!」という返事が、
レッスン室に力強く響いた。
翼の胸に、熱いものが込み上げてきた。
自分がいない間に、みんなはここまで進んでいた。
そして今、自分もその輪の中に戻ってきた。
舞台は、誰か1人のものではない。
みんなで創り上げるものだ。
ロゼ・アディンの舞台演出は、佳境に入っていた。
1人ひとりの熱量が、日を追うごとに大きくなっていく。
汗が飛び、息が荒く、視線が交錯する。
レッスン室全体が、まるで生き物のように息づいていた。
1人のキャストの動きが、わずかに乱れた。
「ごめんなさい!」
「心配するな。このシーンの動きの中心はお前だ。
思うままに動け。私たちが合わせる」
ひと昔前の哪吒なら、考えられなかった発言だった。
舞台は常に1人で立つものだと思っていた。
自分だけが完璧であればいいと信じていた。
しかし今は違う。
自分ではなく、他のキャストの動きに自ら合わせる。
舞台には得意不得意がある。
それを認め合うのもまた、強さであることを、
哪吒は少しずつ学んでいた。
「ロゼさん、20ページ目の動線ですが、下手1からの登場になるとアンサンブルと衝突する恐れがあるので、下手2からの登場にしてもよろしいでしょうか?」
八重が、初めて自分の考えを意見として出した。
あの日、突っぱねられた怖さは未だに忘れていない。 しかし、彼女は勇気を出して言葉にした。
ロゼは少し考え、淡々と答えた。
「いいだろう。しかし、その動線だと入りに3秒のラグが生まれる。言い出したのはお前だ。責任もって自分自身で処理しろ」
あの時みたいに突っぱねられると思った。
しかし、ロゼは受け入れてくれた。
「はい!」
八重は力強く答えた。
その声には、確かな輝きがあった。
「砂月さん、なんか柔らかくなりました?」
水分補給をしている砂月に、女子生徒が声をかけた。
「あら、そうかしら?」
「はい!なんか笑顔が素敵です」
笑顔が素敵……。
今、自分は笑えているんだ。
笑えている自分が、なんだか嬉しかった。
今、この舞台が楽しい。
この時間が楽しい。
昔、失くしていた感覚が、再び心に芽吹いていた。
「みんな、ここはもっと楽しんでいくようにしてみよう」
二乃がダンスの振りを確認しながら、アンサンブルたちと練習している。
踊っている時の二乃は、本当に楽しそうに見えた。
それは重荷も重圧も一切ない、
風のような存在になっていた。
稽古の合間、翼はステージの袖からその光景を静かに見つめていた。
みんなが変わっている。
自分も、変わろうとしている。
ロゼの声が、再び響く。
「もう一度、最初からだ」
生徒たちが一斉に動き出す。
汗と息遣いと、熱い視線が交錯する中、
翼は静かに拳を握りしめた。
ここにいる全員が、 それぞれの想いを胸に、
1つの物語を創り上げようとしている。
自分も、その一部になりたい。
白雪姫として、 自分の心で、 自分の言葉で、
舞台に立ちたい。
レッスン室に満ちる橙色の夕陽が、
すべての者を、優しく照らしていた。
これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。
そして……
夢を叶える物語である。
第4話 完




