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SNOW WHITE PRELUDE -白雪姫の輪舞-  作者: 二ノ宮純
第10章 「少女は片翼でも空へ行く」
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第10章 「少女は片翼でも空へ行く」 第6話

沈黙の中、李梨奈がそっと視線を落とした。


頰にかかる金色の髪を、細い指で静かに払う。


夜風がその髪を優しく揺らし、月明かりが彼女の横顔を淡く照らしていた。


やがて、李梨奈はゆっくりと顔を上げ、

まっすぐ翼の瞳を見つめた。


「……話していいの?」


その問いに、翼は静かに——けれど確かに、

頷いた。


唇を軽く噛み、震えを抑えるように息を吸い、

小さな声で、けれどはっきりと答えた。


「両親のことは聞きました。でも、ちゃんと聞きたいです。何故あなたが私を見捨てたのかを」


李梨奈は、ため息のように小さく息をついた。


その瞳の奥に、長い間封じ込めていた痛みと後悔が、静かに浮かび上がる。


「……あなたの本当の名前は、雪叢 翼。

……私の、妹よ」


言葉が夜の空気に落ちた瞬間、

翼の肩が小さく震えた。


李梨奈の声は、震えていなかった。


でもその眼差しの奥には、深い痛みと後悔、


そして……


ずっと胸にしまっていた“想い”が、静かに滲んでいた。


「……あの日、私は……親に言われるままに、

あなただけを置いて逃げた。

それが“正しい”ことだと思い込もうとしてた。

でも……何度も何度も、あの夜のことを夢に見た。あなたを怜人の家の玄関先に残して……」


翼は何も言わなかった。

ただ、小さく唇を噛み、胸の奥で熱いものが込み上げてくるのを堪えていた。


李梨奈は続ける。

声は穏やかだったが、指先がわずかに震えていた。


「……あなたが生きてるなんて思わなかった。

名前も違って、まさか“舞台”の世界で、

同じ“フラウ・ヒンメル”を継いでるなんて……

本当に、信じられなかった」


翼は、ぐっと胸元を押さえた。

その目には、今にも溢れそうな光が揺れている。


夜風が、2人の間を静かに通り抜けていく。


遠くで街の灯りがぼんやりと滲み、

公園の木々が優しく葉をざわめかせていた。


李梨奈の瞳に、初めて、涙のようなものが光った。


「ごめんね……翼」


その一言は、夜の公園に、

静かに、深く、染み込んでいった。


翼はただ、

震える指で自分の胸を押さえ、

李梨奈の顔を、

——本当の姉の顔を、

じっと見つめ続けていた。



「……許してほしいとは思ってない。

あなたを捨てたという罪は、一生消えない」


その言葉は、誰よりも自分自身に向けられていた。


凛とした姿の裏で、罪を背負い続ける覚悟を、

静かににじませる声だった。


李梨奈の瞳は、月明かりの下で深く揺れていた。


金色の長い髪が夜風にそっと揺れ、

その横顔には、長い年月をかけて積み重ねてきた後悔の影が落ちていた。


だが——


「……雪叢翼なら、あなたを許すことはしないです」


翼の瞳が、まっすぐ李梨奈を射抜いた。

その言葉は、怒りでも悲しみでもない——

事実しての宣告だった。


「私のすべてを……裏切ったのだから」


李梨奈の肩が、微かに震えた。

けれど、何も返さなかった。

否定も、言い訳も、弁解も。


ただ、沈黙がその重さをさらに深めていく中——


翼は、ふと顔を逸らし、隣に立つ怜人を見つめた。




「でも……」




その声は、確かに柔らかく、あたたかかった。


「今の私は……飛彩翼です」


怜人の目を、まっすぐに見つめる。


「私は……私の信じるものを、信じ続けます」


夜の静けさが、その一言を誓いのように響かせた。


それは“血の繋がり”でも、“名前”でもない。

自分で選び取った、自分自身の在り方だった。


沈黙の中で、李梨奈がゆっくりと目を閉じた。


その頰を、一筋の涙が静かに伝って落ちていた。


月明かりが、3人の影を長く公園の地面に落とす。


風が木々の葉を優しく揺らし、

遠くで街の灯りがぼんやりと滲んでいる。


翼の小さな胸は、まだ激しく高鳴っていた。


しかし、その瞳には、

これまでになく澄んだ光が宿っていた。


怜人は、ただ静かに妹の肩に手を置いた。


その手は、温かく、確かだった。


李梨奈は涙を拭うこともなく、

ただ、静かに翼を見つめ続けていた。


夜の公園に、

3人の想いが、静かに、深く交錯していた。



李梨奈は、ただ俯いたまま、

拳をぎゅっと握りしめていた。


指の関節が白くなるほど強く。


夜風が金色の長い髪を優しく揺らす中、

彼女の肩は小さく、ほとんど気づかないほど震えていた。


(あの時、手を伸ばしていればよかった。

どれだけの理由があっても、あの子の“未来”を選ばなかったのは——私だ)


目の前でまっすぐ立っている翼は、

かつての李梨奈が夢見た“舞台”そのものだった。


傷ついて、迷って、それでも前を向いている。


まだ幼さを残した小さな身体で、

自分の運命と向き合おうとしている。


「今の私がいるのは、兄さんと李梨奈さんのおかげです」


その言葉が、李梨奈の胸に深く突き刺さった。


痛くて、でも、どこか温かかった。


罪の重さと、奇跡のような感謝が、

同時に心を締めつける。


「自分が何者なのかは、自分自身で見つけます。

李梨奈さん、あなたが導いてくれた“舞台”という場所で」


(違うよ…… あなたは、私が導いたんじゃない。

あなた自身が、自分の足でここまで来たのよ)


けれど、言葉にならなかった。

胸の奥からこみ上げるものが、喉を塞いでいた。


李梨奈はゆっくりと目を閉じ、

震える息を静かに吐いた。


「……ごめんなさい……ごめんなさい……」


ただ、それしか言えなかった。


それ以外の言葉を、あの時も、

今も——持っていなかった。


夜風が、2人の間を優しく通り抜ける。


公園の木々が、静かに葉をざわめかせ、

月明かりが李梨奈の頰を淡く照らしていた。


李梨奈の謝罪は、

翼の心に、静かに、深く染み込んでいった。


その瞬間。


ふいに、翼の細い腕が李梨奈の体を包み込んだ。


——抱きしめられていた。

李梨奈が抱きしめられていた。


その温もりに、初めて気づいた。

自分が、どれだけ許されたいと願っていたのかを。


李梨奈は、そっと目を閉じた。


涙の先に、微かな光が差すのを感じながら——。




「綺麗事だね……」




ツバサの冷たい言葉が翼の耳に響く。



しかし——


(綺麗事かもしれない…でも。私は前に進みたい。)


夜風が、優しく二人の間をすり抜けていく。


月明かりが、金色の髪と淡い金色のポニーテールを、静かに照らしていた。


「……ちゃんと知れてよかったです」


震えそうな声で、翼が言った。

その声は小さく、けれど確かに、夜の公園に響いた。



そして——



「……“雪叢翼”として、“飛彩翼”として、

私は——舞台に立ちます」



その言葉は、星空の下に、しっかりと刻まれた。


誰の名前でもない、自分自身の意志として。


李梨奈の胸の奥で、

何かが静かに溶けていくような感覚があった。


長年、固く閉ざしていた扉が、

ほんの少しだけ開いた気がした。


翼はゆっくりと腕をほどき、一歩後ろに下がった。


その瞳には、涙が浮かんでいたが、

もう、迷いはなかった。


怜人は静かにその光景を見つめ、

理央は少し離れたところで、ただ息を潜めていた。


風が、再び4人の間を優しく通り抜ける。


李梨奈は、震える指で自分の頰を拭い、

小さく、けれど確かに微笑んだ。


月明かりの下で、

自分の名前を、

自分の心で、

選び取った。


星々が、薄雲の間から静かに瞬いていた。






これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。

そして……







夢を叶える物語である。


第6話 完

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