第9章 「太正桜は運命の始まり」第3話
百合々咲に向かう二乃の横顔に何かが落ちてきた。
「え?」
立ち止まると、桜の花びらが舞っていた。
それは、大帝都劇場前に植えられた『太正桜』。
だが——今は春ではない。
花が咲く季節では、ないはずだった。
「なんで、今……」
不思議な感覚に包まれながら、
木の前で立ち止まる二乃。
その背後から、ふたつの足音が近づいた。
「……二乃?」
現れたのは、八重・バートン。そして張哪吒。
「八重ちゃん、ナタちゃん……」
「お前も見えてるのか、この桜が」
「うん……季節外れすぎるけど、確かに見えてる」
続いて、息を切らした砂月が現れた。
「さっちゃんまで……」
「どうやら、私たち4人にしか見えない桜みたいですわね」
皆が大正桜の風に舞う花びらを見上げる。
誰からともなく、二乃が口を開いた。
「哪吒ちゃん……この前はごめん。殴ったりして」
「いや、お前は“友を信じた”。信じたからこそ、動いた。……謝るべきは私の方だ。申し訳なかった」
哪吒が深く頭を下げた。
「哪吒が珍しく素直だ」
「私は、いつだって素直だ」
「八重さんも、随分と柔らかくなったように感じますわ」
「さっちゃんも、笑顔が明るくなった気がするよ?」
「まぁ?私の笑顔は、いつだって完璧ですわよ」
4人が、くすくすと笑い合う。
夕陽が沈みゆく空の下、
太正桜の花びらが、優しく舞い落ちていた。
季節外れの桜は、
まるで彼女たちを祝福するように、
静かに、静かに、風に乗って舞っていた。
エーデルたちの心に、
再び、温かな風が吹き始めた。
笑顔の中で——二乃がふと、言葉を零した。
「ねぇ……私、やってみたい。SNOW WHITE。
応えなきゃって、期待とか重圧とかいっぱいあるけど……それでも、“私たちらしい”SNOW WHITEを創りたい。ダメ……かな?」
「ダメなもんか」
八重が真っ直ぐに言った。
その声には、いつもの優雅さの中に、
強い光が宿っていた。
「……まだ私たちは、何も始めてない。
始まってもいないのに、失敗を怖がってた。
そんなの、前に進めるわけないじゃん」
「ええ。演じることを、楽しんでみたい。
心から笑える演技を、私はしてみたいわ」
砂月が静かに、けれど確かに言葉を重ねた。
「私は……この“みんな”でやってみたい。
このメンバーでSNOW WHITEを完成させたい。
そして、超えたい——“過ぎ去りし流星たち”を」
「哪吒さんにしては珍しく大きく出ましたわね」
「言うだけならタダだからな」
「でも、なんか……出来そうな気がする」
「……あぁ。今なら、なんだかいけそうな気がする」
ふと、沈黙が落ちる。
そして——哪吒が問う。
「……だが、飛彩はどうする?」
「確かに…。翼さんがいなきゃ、SNOW WHITEは始まらないですわ」
沈黙のなか、
二乃がしっかりと前を見据えて言った。
「大丈夫。……翼は戻ってくるよ」
「根拠は?」
「ううん、根拠なんていらないよ。だって——
“翼自身”が、心から望んでた舞台なんだから。
絶対に、戻ってくる」
——そのとき。
風が吹いた。
桜の花びらが、4人の足元を通り抜けて、
空へ舞い上がっていく。
まるで、希望が空へと昇っていくように。
彼女たちの中で、何かが変わった。
4人は顔を見合わせ、静かに、
しかし確かに微笑んだ。
太正桜の花びらが、夕焼けの空に溶けていく。
エーデルたちの心に、再び風が吹き始めた。
「じゃあ……行こっか」
二乃が小さく、けれど力強く言った。
4人は頷き合い、ゆっくりと歩き出した。
百合々咲に向かって。
翼を待つために。
そして、自分たちの物語を創るために。
これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。
そして……
夢を叶える物語である。
第3話 完




