第9章 「太正桜は運命の始まり」第2話
八重は走っていた。
百合々咲音楽学院に向かって、自分の足で。
夕陽が沈みゆく空の下、
制服のスカートが風に翻り、
紫がかった長い髪が激しく揺れる。
息が上がり、胸が熱い。
足が痛い。でも、悪くない。
挑戦してみたい。
自分の言葉で、自分のだけの演技を。
正直、まだ怖い。
型を破ること。
脚本を超えること。
誰かの期待を裏切ること。
あの灰皿が床に落ちた音が、
今も耳の奥に残っている。
演出家の怒声。
「勝手なことするな!」
「演者が脚本を越えようなんて、2万年早いんだよ」
そうかもしれない。
でも、今なら正面から反抗できる気がする。
あの頃の自分は、ただ怖くて、
言われた通りに動くことだけを正義にしていた。
完璧を守れば、怒られない。
完璧を守れば、安心できる。
でも、今は違う。
凛さんの言葉が、胸の奥で静かに響いている。
「役者は演出家にぶつかっていくもんよ」
「怖がるな」ではなく、「どう向き合うか」。
八重は走りながら、ぎゅっと拳を握りしめた。
怖いまま何もアクションしなければ、
今と何も変わらない。
王子様と呼ばれる自分。
完璧な仮面を被り続けてきた自分。
もう、その檻の中に閉じ込められたままでいたくない。
八重の瞳は、夕焼けを映して輝いていた。
足が痛くても、息が苦しくても、
この痛みさえも、今は自分のものだと思えた。
私は、自分の演技をしたい。
自分の心を、舞台の上で解き放ちたい。
哪吒は走っていた。
百合々咲音楽学院に向かって、自分の足で。
夕陽が沈みゆく空の下、
黒髪が風に激しくなびき、制服の裾が翻る。
息が上がり、胸が熱い。
作ってみたい。
自分だけじゃなくて、みんなで。
これまで、
舞台はひとりで立つ場所だと思っていた。
完璧に、強く、誰にも負けない存在として。
強さこそがすべてだと信じて、
1人で頂点を目指してきた。
しかし、今は違う。
華の言葉、妹蘭の言葉が、
胸の奥で静かに響いている。
役者だけでも、裏方だけでも、舞台は作れない。
みんながそれぞれの役割を果たし、
支え合い、ぶつかり合いながら、
ひとつの物語を創り上げる。
人を信じる。
人を信じるのもまた、強さ。
弱さを認めるのもまた、強さ。
哪吒は走りながら、ぎゅっと拳を握りしめた。
これまで、強さを追い求めるあまり、
仲間たちの顔を、まっすぐに見つめてこなかった。
自分の弱さを、誰にも見せまいと、
完璧という仮面を被り続けてきた。
だからこそ、今はみんなで舞台を創りたい。
1人じゃない。
みんなと一緒に、白雪姫の物語を、
私は、強くなりたい。
でも、それは1人で強くなることではない。
みんなと共に、
みんなを信じて、
舞台の上で輝きたい。
これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。
そして……
夢を叶える物語である。
第2話 完




