表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SNOW WHITE PRELUDE -白雪姫の輪舞-  作者: 二ノ宮純
第8章「地上は全て誰かの舞台」
PR
50/72

第8章 「地上は全て誰かの舞台」 第1話

可憐で小さな少女は、舞台で輝いていた。


父親に喜んでほしかったのか、

母親の笑顔が見たかったからなのか。


正直、砂月自身もよく覚えていない。


ただただ、役を演じることが楽しくて仕方なかった。


「そうすけ、あなたはこの役やりなさい!」


自室に用意された古今東西の演劇の台本を、

床いっぱいに広げていた。


最近、6歳になったばかりの香取砂月。


巨大企業プリベンターの総帥・香取源助の一人娘として、大切に育てられていた彼女は、

昨年、大帝都劇場で観た「SNOW WHITE」から、

すっかり舞台に夢中になっていた。


床に広げられた台本の一

1冊を、専属の執事に差し出す。


種島宗介——まだ18歳の青年であり、

執事としては経験も乏しい。


種島家は代々香取家に仕えていたことから、

彼の運命もおのずと決まっていた。


手渡された台本を見る宗介の顔が、

瞬時に固まった。


「犬?僕、犬やるんですか!?」


予想外の役だった。


宗介は演技経験など一度もない。

人の役ならなんとなくでいけると思っていたが、

まさか人外の役が来るとは思ってもみなかった。


「何?やだの?」


「いやってわけじゃないんですけど……」


「ほら、ちゃんと犬になりきって」


普段はわがままな砂月に手を焼く宗介だったが、

演技をしているときの砂月の笑顔は、

眩しく輝いて見えていた。


小さな身体で一生懸命に台詞を覚え、

鏡の前で何度も所作を繰り返す。


その姿は、まるで本物の舞台女優のようだった。


宗介はため息をつきながらも、

渋々四つん這いになった。


「わん……わん……」


「もっと可愛く!尻尾振って!」


砂月の瞳はキラキラと輝き、笑顔が弾けていた。


その笑顔を見るたび、

宗介は胸の奥が温かくなるのを感じた。


まだ幼い砂月にとって、

舞台はただの遊びではなかった。


そこは、彼女が「自分らしく」輝ける、

特別な場所だった。


幼い頃の香取砂月は、

完璧な仮面など必要としない、

ただ純粋に演じることの楽しさを知っていた。




「そうか……分かった」


源助が電話を切った。


パリにあるプリベンターの本社からの電話だった。


書斎に、短い沈黙が落ちる。


「宗介を呼べ」


「はい」


直属の執事に指示すると、

執事は静かに書斎を出ていった。


コンコン。


やがて、書斎の重い扉をノックする音が響いた。


「入れ」


「失礼します」


深く一礼をし、種島宗介が入ってきた。


宗介は内心でビクビクしていた。


執事長やメイド長に呼び出されることはある。

それはいつも怒られる時と相場が決まっていた。


何より、呼び出された先が香取家当主の書斎で、直々に呼び出されるなど、

これまでほとんどなかった。


(何かやらかした?お嬢様のことか?いや、ちゃんとマニュアル通りにやってるはず…。

それ以外??)


現実では数秒の沈黙だったが、

宗介の体感ではさらに長い時間が過ぎたように感じられた。


変な汗が背中を伝い、足が小刻みに震えていた。


「実は……」


源助がようやく口を開いた。


「実は来週からパリの本社に行くことになった。秘書である妻も共に行くことになる」


宗介は内心で安堵した。


とりあえず怒られるというわけではなかったことに、ほっと胸を撫で下ろす。


来週からパリ……急な話である。


ん?来週??


「あの、ご帰国はいつ頃になる予定でしょうか??」


「正直分からない。今プリベンターは軌道に乗っている。さらなる事業拡大のため、しばらく帰国は出来ないだろう」


「でも……それだと……お嬢様の舞台はどうするのです?来週ですよ。お嬢様の主演の舞台」


「分かってる……」


源助の拳が、固く握られているのが見えた。


宗介はそれ以上何も言えなかった。


「宗介、砂月を頼んだ」


その言葉は、重く、しかし確かに宗介の肩にのしかかった。




翌週、砂月の両親はパリへと旅立った。


「そうすけ、どうしたらお父様たちは帰ってくるの?」


屋敷の窓から遠い空を見つめながら、

砂月がぽつりとつぶやいた。


まだ幼い声だったが、

そこには寂しさが色濃く滲んでいた。


宗介は何も答えられなかった。


ただ、静かに砂月の小さな背中を見つめていた。


「ゆうめいってやつになったら帰ってくる?」


「……はい。必ず帰ってきます」


宗介はそう答えるしかなかった。


幼い砂月の瞳に映る空は、どこまでも広く、

しかしとても遠く感じられた。


あの頃はまだ「完璧な仮面」など必要としていなかった。


ただ、父親に褒められ、

母親に笑顔を見せてもらうために、

舞台の上で輝くことを夢見ていた。





これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。

そして……




夢を叶える物語である。


第1話 完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ