第7章 「心の火はさらに熱を増す」 第1話
百合々咲音楽学院の寮は、
高級ホテルのように洗練された内装をしていた。
ピピッ。
カードキーのロックが解除され、
ドアが静かに開く。
八重・バートンが、疲れた足取りで帰宅してきた。
親元を離れ、
1人でこの百合々咲で生活を始めてから、もう2年。
部屋の窓から、
夕焼けに染まる学院の校舎が見えた。
「……何やってんだろ……」
本来なら、自分はSNOW WHITEの練習に行くべき立場だった。
行かなければいけないと、頭では理解している。
エーデルとして、学院の顔として、
責任を果たさなければならない。
けれど、何故か一歩が踏み出せなかった。
怖い。
その言葉が、八重を静かに縛り続けていた。
7歳の頃、友達とよく遊んでいた。
帰国子女ということもあり、
最初は友達作りに苦労したが、
自然と輪の中に入れるようになっていた。
「八重ちゃん、こっちだよ〜」
みんなで海水浴。
夏の太陽に照らされ、
輝く青い海を子どもたちは楽しんだ。
岩場から海に飛び込む少年。
それに続いて、みんなが次々と飛び込んでいく。
「早くこいよ〜」
「大丈夫だよ〜」
飛び込むと言っても、大した高さじゃない。
しかし、八重は怖かった。
高いところが怖いわけではなかった。
自分でもよくわからない、得体の知れない怖さが、少女の小さな身体を包み込んでいた。
「もう、危ないでしょ!」
飛び込んだことが大人たちにバレ、
子どもたちはみんな叱られた。
しかし八重は、怒られることよりも、
飛び込めなかった自分が何より怖く感じた。
あのとき、岩場の端で立ち尽くしていた自分の姿が、今も鮮明に胸に焼きついている。
ある日、舞台好きの友達に連れられて、
八重は舞台を見に行くことになった。
「SNOW WHITE」
あの、過ぎ去りし流星たちの伝説的な公演。
八重にとっては、人生を変えるほどの衝撃だった。
舞台が、格好よかった。
アクロバットな動き、激しいアクション、
剣が交差する音、照明が切り替わる瞬間の緊張感、
そして役者たちの全身から溢れ出す情熱——
そのすべてが、幼い八重の心を強く、
激しく揺さぶった。
「あの人みたいになりたい」
八重の瞳は、ステージの光をそのまま映し込んだように輝いていた。
帰り道、友達と並んで歩きながらも、
彼女の頭の中は、
あの舞台の余韻でいっぱいだった。
あの輝きに、自分も混ざりたい。
あの舞台の中心で、
誰もが息を呑むような存在になりたい。
それから、八重の日常は静かに変わり始めた。
学校の帰りに小さな劇団の稽古を見学し、
家では鏡の前で何度も動きを真似した。
父に頼み込んで、
基礎的な演技のレッスンを受け始めた。
しばらくして、八重は小さな劇団に入団した。
子供ながらに大きく動ける身体能力と、
集中力の高さが評価され、
名前付きの役をもらうことも多かった。
舞台に立つこと——
それは八重にとって、たまらない喜びだった。
スポットライトを浴び、観客の視線を一身に受け、
役になりきって感情を爆発させる瞬間。
そのときだけ、八重は自分を縛る「怖さ」を忘れられた。
しかし、そんな日は長くは続かなかった……。
これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。
そして……
夢を叶える物語である。
第1話 完




