第1章 「始まりの鐘は三度鳴る」 第3話
選考オーディションは、予想以上に激しく進んでいた。
1次選考、2次選考と、翼は着実に駒を進めていた。
しかし今回は、周囲のレベルが明らかに高かった。
参加者ひとり ひとりの目が、ただの「挑戦」ではなく「本気で頂点を狙う」ものに変わっているのが、肌でひしひしと伝わってくる。
歌声はより鋭く、ダンスのステップはより正確に、芝居の表情はより深みを増していた。
誰もが、わずかなミスも許されない戦場に立っていることを自覚していた。
そんな緊張に満ちたオーディション会場を、静かに見下ろしている者たちがいた。
吹き抜けになった2階のフロア。
手すりの向こうから、学院の頂点に立つ4人の少女たちが、静かに視線を注いでいる。
その中心に立つのは、「百合々咲の王子様」と異名で呼ばれる顔立ちの整った少女。
フラウ・フォイヤー(火の君)の称号を持つ
八重・バートン。
紫がかった艶やかな長い髪を黒いリボンで優雅にまとめ、その佇まいは、まさに気品と威厳に満ち、お嬢様という言葉がそのまま体現されたような雰囲気を持つ少女。
フラウ・ボーデン(地の君)の称号を持つ
香取砂月。
少し離れた柱の影に寄りかかっているのは、
黒髪を短めに後ろで結び、切れ長の瞳が印象的な、凛とした美しさを持つ少女。
フラウ・ヴァッサー(水の君)の称号を持つ
張哪吒。
そして、明るい笑顔を浮かべているのが、
フラウ・ヴィンド(風の君)の称号を持つ
鎌田二乃。
現行のエーデルたち。
この学院の頂点に輝く、4人のエーデル(気高き君)。
彼女たちこそが、百合々咲の顔であり、伝統を守り、未来を照らす存在だった。
二乃が手すりに軽く身を乗り出し、明るい声で言った。
「みんないい顔してるね。みんな本気だ」
砂月静かに微笑んだ。
「まだまだ、ですわ。私たちのレベルに到底及んでいませんけど?」
「だが……ここまでの選考で1年生も数人残っているのは、すごいことだよ」
八重が参加者ひとりひとりを見つめながら言う。
「ナタちゃんはどう思う?」
柱に寄りかかっている哪吒に向かって二乃が問いかける。
哪吒はオーディション会場に視線を落とし
「さぁな。結果を出せないようなやつはエーデルにもこの学院にも必要ない」
彼女の言葉には、いつも通り容赦のない厳しさがにじんでいた。
砂月が軽くため息をつきながら、呆れたように言った。
「哪吒さんは相変わらず手厳しいですわね」
二乃はくすくすと笑いながら、再び視線会場に向けた。
その視線の先には、ステージの袖で次の出番を待つ、小さな姿があった。
飛彩翼。
淡い金色のポニーテールに赤いリボン。
まだ幼さを残した横顔が、緊張と決意で引き締まっている。
翼は深く息を吸い、両手をぎゅっと握りしめていた。
「翼、がんばれ……」
二乃は小さく、けれど心からそう呟いた。
その声は誰にも聞こえないほど小さかったが、彼女の瞳には本物の応援と、わずかな心配が混じっていた。
八重が二乃の視線の先に気づいたようだった。
「二乃は、あの子のことが気になるのか?」
「翼とは幼馴染だからね。それにあの子はこの学院の誰よりもエーデルに憧れてるから」
「SNOW WHITE…」
砂月が呟く
「あの方がSNOW WHITEをやりたがっているのは学院では有名な話ですわ」
砂月が静かに目を細めた。
「あの方が白羽結依さんの後釜になりうる存在になるとは私は思いませんけど」
確かに結依の穴はそう簡単に埋められない。
結依に実力はエーデル…いや、百合々咲の人間なら誰でも知っていた。
彼女は卓越した演技力、歌唱力を持っていた。
その彼女の穴を埋めるには相当な実力が必要とされる。
二乃は軽く肩をすくめながらも、視線は翼から離さなかった。
吹き抜けのフロアに差し込む午後の光が、4人のエーデルたちを優しく照らしている。
彼女たちはそれぞれ違う想いを胸に、
これから学院の新たな「空」を埋めようとする少女たちを静かに見守っていた。
翼はステージに上がる直前、もう一度自分に言い聞かせるように唇を動かした。
(絶対に……ここで終われない)
これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。
そして……
夢を叶える物語である。
第3話 完




