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SNOW WHITE PRELUDE -白雪姫の輪舞-  作者: 二ノ宮純
第4章 「零は全ての起点なり」
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第4章 「零は全ての起点なり」 第5話

夕方の公園には、子どもたちの賑やかな声が響いていた。


住宅街のそばにあるその小さな公園に、一人、私服姿の少女が静かに歩いてくる。


——八重・バートン。


百合々咲音楽学院のエーデル、“フラウ・フォイヤー”。


“百合々咲の王子様”と称される彼女は、

普段の凛とした佇まいとは少し違う、

心ここにあらずな表情を浮かべていた。


本来なら今頃、SNOW WHITEの練習をしている時間だった。


しかし、今日だけはどうしても足がレッスン室に向かわなかった。


「わっ! あー! 届かないー!」


「誰か〜!」


視線を向けると、数人の子どもたちが大きな木を見上げて騒いでいた。


太い枝の上に、

色褪せたサッカーボールが引っかかっている。


高さは子どもの背丈では、

どう頑張っても届かない。


「ねぇ、お姉ちゃん。取ってくれない?」


困ったように木を見上げたまま、

八重は動けなかった。


(どうしたらいいんだろ……)


そう考えていると、背後から明るく通る声がした。


「どうした? 少年たち」


現れたのは、ペーパーバッグを抱えた女性だった。


軽やかな歩き方と、

どこか懐かしい気品が自然と目を引く。


彼女は一瞬で状況を把握すると、

八重にバッグを預けた。


「あ、ちょっとこれ持ってて」


そう言うと、女性はするすると木に取りついた。

枝を器用に掴み、軽やかに登っていく。


まるで風に乗るような、

自由で美しい身のこなしだった。


「……早い……」


八重が思わず呟いた頃には、ボールはすでに子どもたちの手に戻っていた。


「ありがとう!」「すごーい!」


満面の笑顔で駆けていく子どもたちを見送りながら、女性は木から軽やかに飛び降りた。


「いや〜、久しぶりに木に登ったわ。あ、荷物ありがとね」


「その身のこなし……どこで?」


「ん? まぁ、仕事と……過去の栄光ってやつかな?」


「過去の栄光……」


女性は八重の顔をまっすぐに見つめ、

いたずらっぽく目を細めた。


「……。君、名前は?」


「八重・バートンです」


「——あぁ、聞いたことある。“百合々咲の王子様”って呼ばれてる子だよね?」


「まぁ……そう呼ばれてます」


女性はくすっと笑い、柔らかく言った。


「奇遇だね。私も“王子様”って呼ばれてたよ。

あれ……貴公子だったっけ?」


「……え?」


「私も百合々咲出身でさ。エーデルだったんだ。

フラウ・フォイヤー、火野凛(ひのりん)。聞いたことある?」


その名を聞いた瞬間、八重の息が止まった。


「……過ぎ去りし流星たちの……フラウ・フォイヤー……」


その名は、学院の伝説だった。


夕暮れの光の中、

“今の王子”と“かつての王子”が、静かに、

確かに出会った。


火野凛は、ペーパーバッグを受け取りながら、

優しく微笑んだ。


八重は言葉を失ったまま、

ただその笑顔を見つめていた。





住宅街の静かな小道を、2人は並んで歩いていた。


夕陽が道を優しく染め、2人の影を長く地面に伸ばしている。


「フラウ・フォイヤーって……歴代イケメン女子が担当するのが決まりなんですかね」


八重の言葉に、火野凛は肩をすくめて軽やかに笑った。


「どうなんだろうね〜。でも、確かに先輩とかそうだったかも。

“王子様”って呼ばれやすい雰囲気なのかな、私たち」


その雰囲気は飄々としているのに、内側に秘めた芯の強さは、はっきりと感じさせた。


「他のメンバーはどう? ちゃんと仲良くやってる?」


「……えぇ。それなりには」


八重の答えは、少しだけ歯切れが悪かった。


凛はちらりと横顔を覗き込み、静かに続けた。


「——なんで、木に登らなかったの?」


「え?」


「さっきのボール。君なら簡単に行けたでしょ」


八重は言葉に詰まった。


その問いは、木の高さではなく心の高さを問うていた。


「…………」


「怖かったの?」


凛の声は優しい。でも、甘くはなかった。


まるで風が木の葉をそっと揺らすように、静かに、しかし確実に八重の胸に届く。


「怖いと思ってたら、そこから前に進めないよ。

“怖がるな”って言うのは無理な話。でも、“どう向き合うか”——それが大事」


「……どう、向き合うか……」


八重は小さく繰り返した。


夕陽が、二人の影をさらに長く伸ばしていた。


凛は穏やかな声で続けた。


「若人はさ。たくさん迷って、たくさん悩めばいいの。

迷ってるうちは、まだ大丈夫。

悩まなくなったら、舞台にも立てなくなるよ」


「…………」


歩みが分かれる角で、凛が足を止めた。


「私はこっち。じゃあ、またなフラウ・フォイヤー」


その言葉に、八重は思わず立ち止まり、

ふと柔らかな笑みをこぼした。


「……はい。また」


“王子様”の背中が、

夕日に染まってゆっくりと遠ざかっていく。


八重はしばらくその背中を見つめていた。


胸の奥で、何かが静かに揺れている。


完璧に守ってきた“型”。

怖がって登れなかった木。


そして、目の前を通り過ぎた“かつての王子様”の言葉。


夕風が、八重の紫がかった長い髪を優しく揺らした。


「どう向き合うか……」


彼女は小さく呟き、もう一度空を見上げた。


夕陽が、住宅街の空を優しく赤く染めていた。





これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。

そして……







夢を叶える物語である。


第5話

 完

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