第4章 「零は全ての起点なり」 第3話
SNOW WHITEの舞台稽古が始まる時間。
いつものように、生徒たちは広いレッスン室に集まっていた。
サブキャストたちがストレッチを始め、
音響班がマイクチェックを行い、
裏方が照明の配置を最終確認している。
空気はいつも通り緊張と活気に満ちていた。
ロゼ・アディンは演出席に腰を下ろし、腕を組んでその光景を静かに眺めていた。
その視線には、ある“存在”を探すような、
鋭い色があった。
しかし——時間が来ても、その姿は現れなかった。
エーデル。
あの5人の姿は、どこにもなかった。
その“空白”は、レッスン室にいた全員が、
はっきりと意識していた。
誰も口には出さない。
けれど、誰もがその不在を、肌で感じていた。
——舞台の“心臓”が、今ここにはない。
重い沈黙が、部屋全体をゆっくりと覆い始めた。
その沈黙を切り裂くように、
ロゼがゆっくりと立ち上がった。
「……始めるぞ。
エーデルがいない分は、アンダーで対応する。
気を抜くなよ。“あの席”が空いたままになるなんて、保証はどこにもない」
重く、鋭く、張りつめた声が、室内を貫いた。
ロゼの隣に立つ侑樹が、
演出補佐として声を張り上げた。
「それでは、皆さん、15ページから立ち回りの確認をしつつ進めていきます」
侑樹の声はいつもより少し硬く、緊張を隠せていなかった。
「舞台創造科の皆さんは、各員持ち場についてセッティングをお願いします」
生徒たちが動き出す。
ストレッチをしていた者たちが立ち上がり、
裏方が大道具の最終調整に入り、
照明班がスポットライトの角度を微調整する。
しかし、いつものような活気とはどこか違う。
空気に、微かな隙間のようなものが生まれていた。
侑樹はロゼの横で、そっと拳を握りしめた。
(翼……最高の舞台作ってあげるから……絶対に帰ってきて)
その想いは、胸の奥で静かに燃えていた。
エーデル不在の穴は、想像以上に大きかった。
白雪姫の不在は、単なる一役の欠如ではなく、
この物語の中心そのものが欠落していることに等しかった。
それでも、稽古は始まる。
ロゼの声が、再び響いた。
「最初から。集中しろ」
音楽が流れ、照明が落ちる。
生徒たちが動き始めた。
しかし、今日の稽古場には、
確かに“何か”が欠けていた。
かつての“過ぎ去りし流星たち”が輝いていた頃とは違う、
新しい世代の、脆くも懸命な光が、
今、静かに灯り始めようとしていた。
これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。
そして……
夢を叶える物語である。
第3話
完




