表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SNOW WHITE PRELUDE -白雪姫の輪舞-  作者: 二ノ宮純
第4章 「零は全ての起点なり」
PR
28/73

第4章 「零は全ての起点なり」 第1話

閉店後のゼロタイムは、静寂に包まれていた。


カウンターの奥で理央がグラスを丁寧に拭き、

怜人はノートPCを開いて発注処理を進めている。


店内には、ほのかにコーヒーの残り香だけが漂っていた。


「翼ちゃん倒れたんだって?」


理央がグラスを磨く手を止めずに、

ぽつりと聞いた。


「あぁ……疲労が溜まってたんじゃないかって。

ここんとこSNOW WHITEの練習にかなり根を入れてたからな。

今は安静にさせておいた方がいいと思う」


怜人は画面から目を離さず、静かに答えた。


理央は小さく息を吐き、

グラスを棚に戻しながら言った。


「多分、それだけじゃないと思うけどな…」


「どういうことだ?」


怜人がようやく顔を上げた。


理央はカウンターに両手をつき、

怜人をまっすぐに見つめた。


「なぁ怜人、いつまで翼ちゃんに雪叢李梨奈の事隠しておくつもりだ?」


「……それは…」


怜人の指が、キーボードの上で止まった。


理央は少し声を落として続けた。


「家族じゃない、部外者の俺が言うのもアレだけどよ、

ずっと隠し続けるのも無理があるぞ」


怜人は答えられず、ただ静かに目を伏せた。


頭では分かっていた。


いつか翼には、

真実を伝えなければならないということは。


李梨奈が本当の姉であること

自分は本当の兄ではないこと

そして、翼が「飛彩翼」という名前を与えられた経緯


すべてを。


「翼ちゃんの家族はお前だけなんだから」


理央の言葉が、静かに胸に刺さった。


怜人はゆっくりと視線を上げ、

カウンターの奥にある棚に飾られた写真を見つめた。


そこには、幼い怜人と翼、

そして怜人の両親が写っている。


幸せそうに笑う4人の家族写真。


「親父たちが生きてたら、翼に本当のこと言ってたのかな…」


怜人の両親は、5年前に交通事故で他界していた。


このゼロタイムは、

もともと両親が営んでいた店だった。


事故の後、怜人が店を継ぎ、

様々な人の手を借りながら、

翼と2人で暮らしてきた。


理央は軽く肩をすくめ、優しく言った。


「隠す方も辛いもんがあるぜ」


「……そうだな…」


怜人は小さく頷き、ため息を零した。


理央はグラスを片付け終えると、

エプロンを外しながら言った。


「じゃあ、俺帰るわ」


「あぁ、お疲れ」


理央は軽く手を挙げ、店のドアを開けた。


カラン、というベルの音が静かな店内に響き、

彼は傍に停めてあった自転車に跨って夜の街へと消えていった。


怜人は1人残り、

カウンターに肘をついて写真をじっと見つめた。


幼い翼の笑顔が、写真の中で輝いている。


(翼……お前はまだ、何も知らないのに)


李梨奈の存在。


高虎から届いた調査資料。


そして、翼が今日、保健室で倒れたこと。


すべてが、怜人の胸に重くのしかかっていた。


店内の照明を落とすと、

ゼロタイムは深い静けさに包まれた。




夜が深まった頃、百合々咲音楽学院の理事長室には、静かな灯りがともっていた。


大きな窓から差し込む月明かりと、

机上のスタンドライトが、

部屋を柔らかく照らしている。


カップの中で紅茶が小さく揺れ、

甘く芳しい香りが室内に静かに広がっていた。


ミリー・マーキスは、優雅にティーカップを傾けていた。


その顔に浮かぶ微笑は、

いつものように穏やかで、深みがあった。


「……おいおい、話、聞いてる?」


低く、ハッキリとした声が響いた。


ロゼ・アディンだった。


その表情には、

わかりやすく苛立ちがにじんでいる。


ミリーはゆっくりとカップをソーサーに戻し、

静かに目を開けた。


「聞いてますよ。ロゼ」


「ならどうするんだ? エーデルのやつら。エンドレスワルツまで時間がないんだろ?

……飛彩翼も、あんなんになっちまってさ」


ロゼは腕を組み、苛立たしげに息を吐いた。


ミリーは紅茶をもう一口飲み、

穏やかな声で答えた。


「舞台は常に“変化”するものです。

あの子たちも、変化しなきゃいけないときなんです。

……アンダルシアで学びませんでしたか?」


ロゼは鼻で笑った。


「ふん……あいつら、“戻ってくる”んだろうな?」


ミリーは微笑を崩さずに、静かに言った。


「それは、あの子たち“自身”が決めることです。

時に“流星”は不吉の前触れとされる。

けれど同時に、“新しい道標”にもなるのですよ」


「……詩人かよ、あんたは」


「ふふ、舞台人ですから」


ロゼは舌打ちをひとつし、腕を組み直した。


「せっかくなので、下の子達の指導もしてみてください。無論、アンダルシアのやり方で」


「おいおい、何人か泣いて辞めても、責任とらねぇからな?」


ミリーはにっこりと目を細め、優雅に答えた。


「ロゼ、あなたが思っている以上に、

我が校の生徒たちは柔ではありませんよ」


「……だといいけどな」


ロゼはそう吐き捨てるように言い、

ドアへと向かった。


「日本に来てから、一日も休んでねぇんだ。

この公演が終わったら、派手にバカンスさせてもらうわ」


「そのときは、学院特製のアイスティーでもどうぞ」


「いらねぇよ、ぬるい甘ったれた味のは」


ドアが静かに閉まる音が響いた。


ミリーは再びティーカップを手に取り、

一口紅茶を啜った。


「……甘ったれた味も、時に心を溶かすものですよ」


理事長室に、再び静けさが戻った。


窓の外では、夜の学院が静かに息づいている。


ミリーの瞳には、穏やかな光と、

どこか楽しげな輝きが宿っていた。






これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。

そして……







夢を叶える物語である。


第1話

 完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ