表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SNOW WHITE PRELUDE -白雪姫の輪舞-  作者: 二ノ宮純
第3章「空が崩れ、影が生まれ」
PR
25/72

第3章 「空が崩れ、影が生まれ」 第6話

足音だけが、静かな夕闇の道に響いていた。


どこに向かって歩いているのか、

もう自分でも分からなかった。


灯りの消えた住宅街を抜け、

人影のない小さな公園の片隅。


翼は、ゆっくりとブランコに腰を下ろした。


鎖が、風に揺れてかすかに軋む音がした。


もう、歩けなかった。


脚が震えていた。


胸の奥が、ぐしゃぐしゃに壊れていた。


「……あんなの……あんなのって……」


かすれた声が、喉から漏れた。


「お姉ちゃんだったんだ……李梨奈さん……

私が、ずっとずっと憧れてた人が……

……私のこと、捨てたんだ……」


自分でも気づかないうちに、涙が零れ始めていた。

ぽたぽたと、制服の袖を濡らす。

一度零れ始めたら、止まらなかった。


「兄さんも……本当の兄さんじゃなかった……

でも、あんなに優しくしてくれた……

……でも……じゃあ……私の“本当の家族”って……」


声が詰まった。


吐き出しても、吐き出しても、

心の奥に残った苦しみは、

少しも消えてくれなかった。


「わたし……なんなの……?」


影が、ゆっくりと揺れる。


「“白雪姫”になりたかった。

けど……みんなに迷惑ばっかりかけて……

練習も上手くいかなくて……事故まで起こして……」


膝を抱えて、ぐしゃぐしゃのまま顔を埋めた。


「……わたし……ほんとは、誰なの……?」


“飛彩翼”という名前が、

自分のものじゃないように感じた。


誰かがくれた光に憧れて、

それを信じて走ってきた。


だけど――その光の正体は、

自分を一度捨てた誰かだった。


そして――自分自身は、

何も持っていなかった。


「……わたし……わたしなんか……」


その言葉の先を、もう口にする力もなかった。


ただ、

ただ、

ただ、


涙だけが流れ続けていた。


ブランコの鎖が、また風に揺れて、

寂しげな音を立てた。


夕闇が、公園全体を静かに包み込んでいく。


誰もいないブランコの上で、

小さな少女はただ膝を抱え、

自分の存在そのものが溶けてしまいそうなほど、

静かに泣き続けていた。


憧れだった人。

優しく守ってくれた人。

そして、自分がずっと信じてきた名前。


すべてが、今、音を立てて崩れ落ちていく。


翼は顔を埋めた膝の上で、

かすかに、震える声で繰り返した。


「……わたし……誰……?」


その問いかけは、

風に溶けるように、夜の公園に消えていった。

あれから、何時間たったのだろうか……


翼は、まだブランコに座ったままだった。


両手で顔を覆い、

涙の余韻だけが喉の奥に熱く残っていた。


もう泣く力も尽き、

ただ浅い息を繰り返すだけ。


ブランコの鎖が、風に揺れてかすかに軋む音が、

夜の静けさに響いていた。


——そのときだった。




「……幻滅してるの?」





静かな、しかしどこか冷たい声が、耳元に届いた。


翼は、はっと顔を上げた。


そこには——誰かが立っていた。


月明かりの中に浮かび上がる、

小さな少女のシルエット。


長い、淡い金色の髪が夜風に揺れている。


ところどころ破れた白のワンピース。

汚れた裸足。



そして——瞳にまったく“光”がなかった。




その目は、氷のように冷たく、

真っ直ぐに翼を見つめていた。


「……誰?」


翼が、震える声で問う。


少女は、ゆっくりと首を傾げた。


「……って、変な質問だね。

自分自身に“誰?”って訊くなんて」


「……え?」


少女は一歩近づき、淡々と言った。


「私は、あなた。……あなたの心」


「……そんなはずない……」


「そう、あなたは“私”じゃない。

私は——ユキムラ ツバサ」


その名を告げた瞬間、空気が震えた気がした。


「ユキムラ……ツバサ……?」


翼は目を見開いた。


少女の声は淡々としているのに、

その一言一言が、翼の心の深部を抉るように刺さっていく。


「あなたの“本当の名前”は、雪叢翼」


「……っ」


少女はゆっくりと翼に近づきながら、

静かに続けた。


「ねぇ、“白雪姫”って、誰に助けてもらって生き残ったっけ?

王子様?小人たち?それとも……

自分自身?」


翼は言葉が出なかった。


少女はさらに一歩近づき、

冷たい瞳で翼を覗き込んだ。


「あなたは、ただの“白雪姫ごっこ”がしたかっただけじゃない?

綺麗なドレスを着て、憧れの人になりたかっただけ。

“中身”なんて、何もなかった。

だから——壊れた。捨てられた。

だから、もう、“白雪姫”になんかなれない」


翼の唇が、小さく震えた。


「……やめて……」


「ねぇ、教えてよ。あなたは、誰?」


少女は、翼の目を、真っ直ぐに覗き込んできた。


「飛彩翼?

それとも——雪叢翼?」


その言葉に、翼の世界がグラついた。


自分という存在が、輪郭を失っていく感覚。

名前も、記憶も、すべてが溶けていくような、

恐ろしい感覚。


「……わたし……」


風が吹いた。


少女の長い金色の髪が、ふわりと揺れた。


翼は、何も答えられなかった。


ただその場に、沈んでいくように膝を抱え、

ユキムラ ツバサは——その光のない瞳で、

じっと見つめ続けていた。


夜の公園に、ブランコの鎖の軋む音だけが響く。


翼の胸の奥で、

“飛彩翼”という名前が、音を立てて崩れ落ちていく。





これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。

そして……








夢を叶える物語である。


第6話 完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ