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SNOW WHITE PRELUDE -白雪姫の輪舞-  作者: 二ノ宮純
第3章「空が崩れ、影が生まれ」
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第3章 「空が崩れ、影が生まれ」 第1話

夜もすっかり更けた頃、

翼が自室から静かに出てきた。


リビングの明かりはまだ灯っていたが、

理央も高虎も既に帰宅した後だった。


ソファの上で怜人がノートPCを開き、

淡々と事務作業を続けている。


翼はパジャマの上に薄手のカーディガンを羽織っただけの軽い格好で、リビングの入り口に立った。


「兄さん、ちょっとコンビニ行ってきます」


時刻はもうすぐ22時。

夜に翼が一人で出かけることはほとんどなかった。

今日は、ただ少し夜風に当たりたいと思ったのかもしれない。


あるいは、胸の奥に溜まったものを、

静かな夜道で吐き出したくなったのかもしれない。


怜人はPCの画面から顔を上げ、

妹の顔をじっと見た。


翼の瞳は少し腫れぼったく、

いつもの明るさが影を潜めている。


今日の稽古でどれだけ傷ついたのか、

怜人には痛いほど伝わってきた。


「……気をつけて。早く帰ってくるんだよ」


声は優しく、しかし少し心配を滲ませていた。


「はい」


翼は小さく頷き、

軽く手を振って玄関へと向かった。


怜人は立ち上がって見送ろうとしたが、

結局その場に留まった。


妹の小さな背中がドアの向こうに消えるまで、

静かに見つめていた。


ドアが閉まる音が響いた後、

怜人はゆっくりと息を吐いた。


リビングに、再び静けさが戻る。


PCの画面には、

まだ仕事の資料が表示されたままだったが、

怜人の視線はぼんやりと虚空をさまよっていた。


怜人はノートPCの蓋をそっと閉じ、立ち上がって窓辺に寄った。


外はもうすっかり夜の帳が下り、街灯の淡い光が道路を照らしている。


翼の小さな姿が、コンビニの方へと歩いていく後ろ姿が、まだ見えていた。


怜人はカーテンを少し開け、

妹の背中を静かに見守った。


(李梨奈のことも……まだ伝えられない)


高虎から聞いたばかりの情報が、

胸の奥で重く淀んでいる。


雪叢李梨奈の両親のこと。

そして、彼女がなぜ突然姿を消したのか。


翼が今、SNOW WHITEという夢に必死でしがみついているときに、

そんな過去の影を突きつけるべきかどうか


怜人は答えを出せないまま、

ただ窓の外を見つめ続けた。




コンビニで小さなスイーツをひとつだけ買った翼は、家とは反対方向へと歩き始めた。


足は自然と、高台にある小さな公園へと向かっていた。


子供の頃から悩み事があるとき、嬉しいことがあるとき、いつもここへ来て星を眺めていた場所だ。


しかし、今夜は空が厚い雲に覆われ、

星はひとつも見えなかった。


まるで、翼のモヤモヤした気持ちを映し出すかのように。


ベンチに腰を下ろした翼は、

買ったばかりのスイーツの袋を膝の上に置き、

小さくため息をついた。


「星……やっぱり今日は見えないか……」


ポツリと呟いたその時、

背後から柔らかな声が降ってきた。


「こんな時間に女の子がひとりでいたら危ないよ?」


翼が驚いて顔を上げると、そこに立っていたのは


雪叢李梨奈。


綺麗な金色の長い髪が、

夜の闇の中で静かに輝いて見えた。

澄んだ青い瞳が、優しく翼を見つめている。


「……李梨奈さん」


「久しぶり、翼ちゃん」


李梨奈は柔らかく微笑みながら、

翼の隣のベンチにそっと腰を下ろした。


翼の曇った表情に気づいた李梨奈は、

静かに尋ねた。


「何かあった?」


「……えっと……」


翼は少し迷ったが、李梨奈の優しい瞳に促されるように、ゆっくりと話し始めた。


SNOW WHITEのこと。

エーデルになったこと。

そして今日の稽古で、ロゼ・アディンに言われた冷たい言葉のこと。


白雪姫が「存在していなかった」こと。

ただ自分に酔いしれていただけだと言われたこと。


李梨奈は最後まで、静かに、

穏やかに耳を傾けていた。


やがて、翼の言葉が途切れたところで、

李梨奈は優しく微笑んだ。


「大丈夫。

あなたはあなたらしく生きていればいいのよ。

無理に誰かになろうとしなくていい」


その声は、夜風のように柔らかく、

翼の胸にそっと染み込んでいった。


翼は少しだけ目を潤ませながら、尋ねた。


「……李梨奈さんはどうだったんですか?」


李梨奈は夜空を見上げ、

遠い記憶をたどるように静かに答えた。


「私は……好きだったから。

演じることが好きだったから。

その時だけは、嫌なこと全部忘れられてたの」


「好きだから……」


翼が小さく繰り返す。


李梨奈は翼の方へ顔を向け、優しく、

けれど力強く言った。


「あなたの好きを、大切にしてね」


翼の胸が、熱くなった。


「……ありがとうございます」


李梨奈は静かに微笑み、翼の頭をそっと撫でた。


その手は温かく、まるで大人の優しさそのものだった。


雲に覆われた夜空の下、

2人はしばらく無言で並んで座っていた。


翼の心に、ロゼの冷たい言葉でできた小さなひびが、

李梨奈の言葉によって、ほんの少しだけ優しく癒されていくような気がした。


まだ星は見えない。

けれど、翼の胸の奥には、

もう一度「好き」を信じてみようという、小さな灯りが灯り始めていた。


夜の公園で、

かつての歌姫と、これからの白雪姫は、

静かに、静かに、言葉を交わしていた。





これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。

そして……



夢を叶える物語である。


第1話 完


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