第七十六話 甘い話には淡い青春がある
「私の彼氏になって!」
目の前の女の子が口を開いて確かにそう言った。
いや、そう言ったのかは分からないがそう聞こえたのは確かである。
俺は耳を疑った。と、同時にクラスの既に登校していた生徒も何人かはこちらを見ていた。
目の前の女の子は少し顔を紅く染めている。
それは今朝してきたチークのせいなのか、はたまた紅潮しているのか。
こんな可愛い女の子に告白されたら普通の男子は嬉しくて人生が一気に幸せになるのだろう。
だが、俺に至ってはそうでもなかった。
これは何かの間違いか、はたまた罰ゲームみたいなところだろう。なんとか冷静で保てるくらいにはいた。
「えっ......なんで?」
だが、いくら冷静でいても言葉が見つからなければ冷静に会話はできない事を思い知らされる。
「なんでって......、普通理由なんか聞く!?まぁ、いいわ。ちょっとこっち来て!」
彼女はそう言って、俺の腕を引っ張って廊下に向かった。
俺は閉じてしまった本の最後に開いていたページを探すのが面倒だなと、思いながら彼女に連れられる。
クラスの三分の一程度だろうか、流石にそこに居た全生徒が注目していた。
廊下に出て左にすぐある階段を登って、一つ上の階まで来て彼女は立ち止まった。
「ここなら大丈夫ね......」
そう言って、彼女は掴んでいた俺の腕を離し、振り返って俺と向き合った。
(こちらとしては全く大丈夫ではないのだが)と、思いながらもーー
「な、何が?」
俺は恐る恐る聞いてみた。
「この階は下級生の階だから、知り合いにばれることもないわ」
彼女は自信満々に言う。
「なるほど、そういうことか。いやっ、そういうことではなくて」
と、言った瞬間に俺の言葉を最後まで聞くこともなく彼女の言葉が聞こえた。
「あの!......さっきの話なんだけど......」
ようやく本題に入るようだ。まぁ、分かってはいるが、でもまさかとは思うが本当の本当に告白だったりして。と、今になって少し高揚している自分がいた。
「あっ......うん」
俺は動揺していると思われたくなかったため、少ない言葉だけにして返答した。
「あのね!よく聞いてね?」
少し泣きそうな表情なのか、これが切ないという表現に相応しい感情なのだろうか、そんな顔をしていた。
「うん」
「私の彼氏になってほしいの」
とうとうきた。俺にも青春とやらがやって来たのだ。
俺は、好きかどうかも分からない相手に対してでも、好意を抱かれただけでとても嬉しく思えていた。
「あっ、俺でいいの......?」
不安なために再度聞き直す。
「うん。あんた以外にこんなこと頼めないし......」
頼めないなんて変な言い方をする子だなと思いつつも、俺はこの高揚感を楽しんでいた。
「そっか。それで、なんで俺のことを......?」
一番気になる質問をしてみることにした。
「あんたが、昨日の休み時間に私に言ったでしょ?」
それを聞いて昨日の事を思い出した。
『君と仲良くなりたかったから......』
今思うと何故あんなことを言ってしまったのだろう。そう思うばかりであった。
「あ、あぁー......。あれね......」
途端に恥ずかしくなってしまい、言葉を失う。
「うん、そう。それであなたにしようって」
ということは、彼女は昨日の俺の言葉によって俺に好意を寄せるようになったってことなのか。
災い転じて福となすとは、こういうことを言うのだろうか。なんにせよ流石に冷静を保てそうにはなかった俺だった。
「あ、うん。ありがとう。嬉しいよ」
調子に乗ってしまい、嬉しいよだなんて柄にもないことを言ってみせた。
「そう?なら、良かった。じゃあ、これからよろしくね!彼氏のフリ」
「えっ、あっ、うん。こちらこそよろしく!......って、えっ?」
何か違和感を感じた俺は、彼女に先ほど何て言ったのかを聞き直す。
「なによ。やってくれるんでしょ?彼氏役」
彼女が何を言っているのか正直わからない。
「ん?どういうこと?」
「そのまんまの意味よ!とにかくあんたには私の彼氏のフリをしてもらうんだから!」
本当に意味がわからない。なので断ることにした。
「ごめん......。なんだか分からないけど、そういうことなら断るよ」
俺は何故だか少し落ち込んでいた。彼女を背にして教室に帰ろうとする。
「ちょ、ちょっと!待ってよ!」
再び捕まれたその手には高揚感は一切無かった。
俺は振り返ることなく動かないでいた。
「わかったわよ!ちゃんと話すわよ!」
そうは言っているが、理由を聞いた所で失った高揚感は戻って来ない。
「いやっ、いいよ。どうせ罰ゲームかなんかだろ?無理しなくていいから。じゃあ」
彼氏のフリと言うのは、罰ゲームで一時的に付き合わされたみたいなものだろう。
例え、そうでなくても俺からしてみたら同じようなものだ。
俺は何かを期待していたのだろうか。
希望を持った時や、期待をする時の代償を払った時の感情に似ていたその気持ちを勝手に裏切りなんかと呼んでいる人間は嫌いなはずだった。
「聞いてよ!!高山しか居ないんだからっ!」
彼女は大きな声でそう言った。
その声に驚いた俺は、咄嗟に振り返る。
彼女の様子を見てみると、どうやらそれは罰ゲームやふざけ半分で言っている訳ではなさそうであった。
「俺しか居ない......?」
俺はひとまず彼女の話を聞いてみることにした。
「そうよ......。もう限界なの」
彼女は泣きそうな表情で俺にそう言った。
「なにが限界なの?」
俺は、自分が彼女を泣かせてしまうように思えて、泣かれないように優しく問いかけた。
「あいつが......あいつが」
彼女のその憂いを帯びた声は綺麗に俺の耳元まで届いた。
「あいつ......?」
誰のことを言っているのか全く分からず、聞いてみる。
だが、俺の言葉は彼女の元まで届いていなかった。
「もう怖いの......」
そう言って、とうとう泣き出してしまった。
俺は女の子を泣かせてしまったようだ。




