第七十二話 兄と妹 人間性と寛容さ
瑞希と別れ、俺は長かった下校を終らせ家に到着した。
「ただいまー」
扉を開けて家に入った瞬間から漂うこの香り。
(今日はカレーだな)と、少し心踊らせていた時にもう一人の家族が家に帰ってきた。
「ただいまー!」
扉を開けて玄関で靴を脱いでいるのは俺の妹であり、絶賛喧嘩中である。
「あっ、おかえり」
一応、何も言わないのも変だなと思い挨拶だけは済ませる。
「......。」
当然だが、俺を無視してリビングへと向かって行った。
扉を開けて中へ入って行った妹に続き、俺もリビングへと向かう。
「わぁー!今日カレーじゃん!美味しいそー!」
そう言って、俺が後から入るにも関わらずに夏海はリビングの扉を閉めた。
こういう妹の些細な嫌がらせに対してでも、しっかりと腹を立ててしまうほどには人間性を持ち合わせているのだと実感しながらも、兄としての寛容さを失わずに生きていこうと決心した。
俺は洗面所で手洗いうがいを済ませてからリビングへと向かった。
「そういや、今度の連休出掛けるから!最終日だけ家に居るのでよろしく!」
「あら、そう!どこ行くの?」
リビングに入ると夏海と母親が仲良く話をしていた。
「ショッピングモール!!後は、映画でしょ?ボーリングでしょ?それから美鈴ん家!」
「たくさん行くのね。ところで、美鈴ちゃんは元気にしてるの?」
二人の話があまりにも弾んでいるため、俺は気配を消して付いているテレビを立ったまま見ていた。
「うん!元気元気!ちょー元気!今度の連休にもなんかボランティアがあるとかで、活動するんだって!」
「へぇー。そうなの。偉いわねぇー。夏海はやらないの?」
このどっきりの番組は、本当にどっきりなのか。このリアクションは演技なのか。演技だとしたら上手い人は、この番組を見てドラマのオファーが来たりするのだろうか。
などと必要のない邪推をして、暇をつぶしていた。
「んー、私はやんない。予定あるしさ」
「そう。今度またいつでも家に呼んでちょうだいね。あと、美鈴ちゃんによろしく言っといて」
「はーい」
そう言って、夏海は自分の席へと座る。
「あら、お帰り。今日は遅かったのね」
母親が夏海の分のカレーをよそいながら話しかけてくる。
ようやく俺に気付いたようだ。この気配レベルなら改札を素通り出来るんではないか?と、良からぬ事を考えたが、結局機械には通用しないことは分かっていたため考えるのを辞めた。
「あぁ、今日は少し駅前にね」
俺は話しながら椅子に座る。
そうすると、夏海は座っていた席から隣の席に移動した。
「おい、そこは父さんの席だろ!」
注意をしたのだが、そっぽを向かれて聞く耳を持たない。
「今日はね、お父さん遅くなるって。だから、先に食べちゃって」
なるほど。今日は父親は遅いらしい。その事を知っていたのか、俺の向かいの席が嫌というアピールをしてきた。
「わかった。今日は少し少なめでいいよ」
先ほどチョコクロワッサンを食べたばかりなので、少しだけ晩御飯の量を減らすことにした。
「いただきまーす!」
俺の斜め前に座っている夏海が先に食事を始めた。
我が家は、基本的にいつも同じ椅子に座っている。
テーブルを囲い四つの椅子があるのだが、母親と俺が隣。母親の向かい側が父親。俺の向かい側が妹なのだ。
今日は、父親が居ない事を良いことに俺の斜めの席にわざとらしく移動してきた。
俺はまたもや人間性を発揮していた。
「あら?珍しいのね。何か食べて来たの?」
母親は少し驚きながら俺に質問してきた。
「あぁ、ちょっと駅前のカフェでね」
「んっーー!!」
俺が話した直後、夏海がカレーを頬張りながら何か呻き出した。
「へぇー。加藤君と?」
「いや、違うよ」
うちの母親は加藤の事は知っている。何回も家に来ていて、それどころか親同士も仲良くなっているからである。
「あらっ、もしかして彼女とかしら?」
少し意地悪そうに言ってくる母親の若さが父親の好きな所なのだろうか。そんなことを考えていた。
「いや、違うよ!そういうんじゃないよ!」
母親が俺の分のカレーを持ってきてくれた。
「はいっ。量は少なめだけど、お肉とおいもは多めに入れといたよ」
流石はうちの母親。わかってらっしゃる。
「ありがとう!頂きます!」
今日のカレーは牛肉である。我が家のカレーは三種類のカレーをローテーションして作っている。
牛肉の次は豚肉。豚肉の次は鶏肉でそれぞれ美味しさが少し違うので、色んな人にも受けが良い。事実、高山家では、カレーの派閥がみんなそれぞれ違うのだ。
俺は牛肉派。夏海は鶏肉派。父親は豚肉派なのだ。
母親はどの派でもなく、贔屓をしないようにしているのだとか。
ちなみに、加藤は豚肉派である。
「それはそうと、一緒に行ったのは彼女じゃないにしても女の子なんだね」
いきなり母親に痛い所を突かれた。
「いや......まぁ、一応そうだけど」
嘘をついても仕方ないので事実を言う。
「ふーん」
少し含み笑いをして、母親も隣の席に座る。
前を見ると夏海が急いでカレーを食べている。
「まぁ、ちょっとコーヒー飲んでチョコクロワッサンを食べただけだけどな」
俺がそう言うと、夏海がまた何か言いたそうにしていた。
「それにしてもあそこのチョコクロワッサン美味しかったなー」
夏海がスプーンを強く握りしめている。どうやら夏海はチョコクロワッサンにひどくアレルギー反応があるようだ。
これはかわいそうだなと、思い母親に提案してみた。
「今度また行った時に、母さんと父さんの分買ってこようか?」
「あら?いいの?なら、お願いしようかしら?」
母親は笑みを浮かべ、そう答えた。
「んっ!!」
ふと、音のなる方へ顔を向けると、夏海は顔を赤くしてこちらを見ている。
(よほどチョコクロワッサンが嫌いなのだな)と思い、この話は終わらせることにした。
「ごちそうさまでした!」
量も少なかったこともあり、好きな牛肉だったことですぐに食べ終わり、俺が食器を持っていこうとすると、まだ視線を感じていた。
そこで今度は、人間性を抑えて兄としての寛容さを発揮した。
「チョコクロワッサン四つ入りだから、残りは誰か好きな人が食べてよ」
そう言って、お皿をお水に浸して冷蔵庫に向かう。
「だってさ。夏海」
母親が小声で夏海に言っているのが聞こえた。横目で夏海の方を見ると、無言でコクリと頷いていた。
腹が立っても、こういう可愛い一面があるから兄を辞められないんだなと心の底から思ったのである。




