第七十一話 遠すぎて見えないものがある 近すぎて見えないものがある
瑞希とカフェに行った後、天道と天道の後ろの女子と偶然出会った。
そこで、瑞希と天道は少し食い違いで言い合いになり、気まずい雰囲気だけを残して俺たちは再び二人になった。
瑞希はその後、しばらく黙って立ち尽くしていたのだが、俺が話しかけるとどうやら泣いているようであった。
俺はどうして良いのか分からなくなり、再び言葉をかけると話している最中に、衝撃が走ったーー
そして、口を塞がれているため話す事が出来なかった。
俺の目の前には、泣いている瑞希が居る。俺の目の前にはその瑞希の髪の毛がある。
ーーそう。俺は今、瑞希と抱きあっているという状況なのだ。
俺が話しかけた直後、瑞希は勢い良く俺に抱き付いてきた。その衝撃で俺は再び言葉を失ったのだ。
瑞希の髪の毛で口を塞がれているが、鼻は開いているので良い匂いだけはする。
だが、これは一体ーー
予想だにしなかった展開に動揺する俺は、瑞希の肩を持って、距離を置くために引き離そうとした。
するとーー
「もう少しこうさせて」
か弱いその声に俺は断ることなんて出来なかった。
周りの人々はちらちらとこちらを見ている。それがとてつもなく恥ずかしいのだが、それよりもこの状況を、なんとかしなくてはという思いが強かった。
恥ずかしさから目を反らすために目を閉じた。
そうすると、外界の情報が触覚と嗅覚と聴覚だけになり、余計に瑞希からの情報が研ぎ澄まされてしまった。
柔らかい体の感触。さらさらの髪の毛の感触。せっけんの良い匂い。すすり泣く可愛らしい女の子の声。
俺は目を開けて、急いで近くの整骨院の看板を眺めた。
(整骨院かぁ......。保険利くのかな......)
瑞希の情報が半分くらいに下がったようだ。
すると瑞希は少し俺から離れてこう言った。
「ありがとう。ごめんね?変なことしちゃって......」
制服の袖で涙を拭いながら、鼻をすすっていた瑞希の顔は赤く火照っていた。
「いや、別にいいよ......。もう大丈夫?」
急に泣き出したためとても心配になっていたので、様子を伺う。
「うん!おかげさまで!高山くんって優しいね」
泣きながら笑う様は、複雑な表情に見えてその倍以上、心情の方が複雑なんだろうなと考えてしまう。
「そっか。なら、良かった。今日はもう帰ろうか」
とりあえず瑞希は家に帰って落ち着いた方が良いだろう。俺も整骨院が気になって調べなくちゃいけないし。
「そうだね。なんか、今日は色々とごめんね?息抜きに付き合わせるつもりが、こんないざこざにまで付き合わせちゃって」
今の瑞希はすっかり泣き止んで、少し笑えるくらいにまでなっていた。
「いいよ。それくらい。どっちみち今日は何もすることなかったし」
駅が近いのもあって、すぐに瑞希と別れることになった。
「じゃあ、この辺で!本当に今日はありがとうね!また明日学校で!」
大きく手を振る瑞希は、俺が知っているいつもの瑞希だった。
見送りも終わり、俺はようやく帰宅する。
帰り道に整骨院のポケットティッシュをもらい、俺はまだ整骨院に行くべき人間ではないことがわかった。
色々あった一日を終わらせるために帰宅した。




