第七十話 話したい事がある時には話せない 話したい事がない時はもっと話せない
俺は瑞希とカフェを出てすぐに、天道と後ろの女子とばったり遭遇した。
天道は俺たちを見るなり驚いた表情を浮かべていた。
天道から名前を呼ばれたのだが、こちらこそ驚いていて何を言えば良いのか分からずに居たところ瑞希が口を開いた。
「あ、あれぇー?桜じゃーん!何してたのー?」
冷静に会話を続ける事ができる瑞希にまたもや感服する。
だが、最初の方は少し戸惑いを隠せていない様子が声に出ていたようであった。
「私たちは学校帰りに少し買い物をしていたの」
天道は、風に吹かれ乱れた髪を手で整えながらそう言った。
冷たい風が吹き荒ぶ様子は、春風とも呼ぶ春に吹く穏やかな風とは少し違っていた。
「あっ、そうなんだ!」
瑞希は明るく返答する。
「そうなの!私が桜を誘ったの!んで、そういう二人はもしかしてデートですかぁー?」
隣に居る後ろの女子が俺たちに問いかける。
「い、いやぁ......」
「違うよ!二人で帰ってたらね?たまたまね?」
俺が否定しようとした直後に、すかさず割って入る瑞希。
「あっ、あぁ......そうだな」
「ですよねー。まさか河合さんがそんなわけないよねー!」
「あはは、はは......」
後ろの女子のその言葉を合図に、俺の自信の無さげな返答に怪しまれることもなくこの話は終了した。
最後の瑞希の苦笑いだけが気になった所で、瑞希から天道に質問を投げ掛ける。
「ところで、桜は今日は習い事があるんじゃない?」
「今日は華道が休みなの」
瑞希の問いに天道は答える。
「へぇ~、そうなんだ~。珍しいね!」
瑞希は笑顔でそう返すが、心なしかどこか作り笑いのような気がする。
「そうなの。それでピアノのレッスンを追加で入れたのだけれど、それまで少し時間があるし追加レッスン場所はピアノ教室だし、買い物してからそのまま教室に行こうかなと」
天道が返答している様はいつもの二人のやり取りに聞こえる。
「そうなんだね。ところで桜、しおり作りは?」
瑞希は相槌を打った後、少し真面目な顔つきに変わる。
「あーそれならね、あれから分担作業になって家で宿題という形で済ませてるわ」
天道も別で作業は順調のようだ。
「そうなんだ。でも、時間がある時くらいは二人で作業したら良いんじゃない?」
瑞希は俺に気を遣っているのだろうか。仲直りさせるためなのだろうか。少し作り笑いをしながら言っていた。
「時間がある時くらいは好きなことさせてよ。ちゃんと作業はしているんだし」
天道は後ろの女子が居るにも関わらず、笑顔などはなく恐らくこれが素であろう天道になっていた。
「それはやることやってる人がすることでしょ!私には作業サボって遊んでいるようにしか見えない!」
俺は驚いたーー瑞希が珍しく天道に対して強気で言っている。
流石の天道も少し驚いている様子で一瞬、目を見開いた。そして、ゆっくりと口を開く。
「やることは、ちゃんとやっているんだけど?それと、私からしたらあなた達も同じように見えるのだけれど?」
確かに天道の発言に異論は見当たらない。傍から見たら俺らも十分遊んでいると思われてもおかしくはない。というか遊んでいたのだーー
「そ、それは......違うよ......」
瑞希は自信無さげに返答する。
「あら?何が違うのかしら?もしかして、課外学習でもしていたのかしら?」
純粋に気になって質問しているのか、畳み掛けているのか分からない程の言葉の威圧感は俺にだけ向けられるものだとばかり思っていたので驚いた。
そして、瑞希は言葉を失う。
俺に至っては、ずっと前から失っていたものなので、今しがた失った人よりもキャリアが長いのだーーなんて、思えるくらいの少しの時間の沈黙が四人を見守る。
この打開案は恐らく今後しばらく出てこないような気がしていた。ーー何故なら遊んでいた遊んでいないの話ではないからだ。
次の発言に勇気が必要な場面はいくつかあった。そんな時は大抵、権力が上の人間以外発言をした試しがない。この場合、間違いなく俺ではないだろう。まぁ、俺は失ったものだから関係はないのだがーー
こうして沈黙が拮抗している内に、俺は今一体何をしているのだろうかーーなど考えるようになっていた。
そんな時であったーー
「ちょ、ちょっとーなによもぉー!みんなして!どうしちゃったの?」
予想外の人物が沈黙を破った。
それはそうーーなんと、後ろの女子である。
名前は知らないが、俺が今日仲良くなりたいと志願した天道の席の後ろの女子であった。
「ごめんなさい。でも、心配しないで。別に喧嘩をしているわけではないの」
天道は少し申し訳なさそうにしていた。
「そ、そうだよ!ごめんね?勘違いさせて!私たちみんな仲良しだよ?ほーら!」
と言って、瑞希は俺と天道の手を繋ぐ。
俺は内心ドキっとしたが、今はそういう場面ではないことを知っていた。
「そう......なの?じゃあ、良かった!じゃあ、私たちはそろそろ行くねー!行こっ?桜!」
「あっ、ちょっと......そんなに引っ張らなくても自分で歩けるわ」
そう言って、後ろの女子は安心して明るく天道を引っ張って歩いていった。
後ろに振り返って二人を見ていた俺とは裏腹に瑞希はそのまま微動だにしなかった。
「河合さん......?」
心配になったので呼び掛けてみる。
「......」
俯いていて今はどんな表情か分からない。
「だ、大丈夫......?」
少し覗きこんで聞いてみる。だが、反応はない。
ーーと、思ったが少し様子が変わっていた。
微かではあるが、鼻をすすっている音が聞こえた。
(泣いてる?)と、思った直後に瑞希の頬から一滴の綺麗な雫が落ちた。
こういう時はどうすれば良いのかが全く分からない。それどころか、何故泣いているのかも分からない。
犬のお巡りさんならどうするのだろうかーー
黙ってそばに居てあげるくらいの優しさを持ち合わせていれば良かったのになぁと、思った。
言葉を失っているくせに、こういう時はすぐに言葉に頼ろうとしてしまう自分の甘さが今後、災難を招くに違いないと危惧してみる。
俺は言った。
「ありがとう」
続けて言った。
「よく頑張ったね。俺のために言ってくれたんでしょ?正直、嬉しかっ」
衝撃で最後の一文字を言うことが出来なかった。
そして、今は喋る事が出来ない。
何故ならーー口を塞がれているからだ。




