第六十七話 思い出がなくても思い出がない思い出がある
カフェで注文しただけで、何もしていないくせに疲れている俺に対して瑞希は笑顔でこう言ってくれた。
「そっか。でも、ここのチョコクロワッサン食べたら疲れも吹き飛ぶよ!とっても美味しいんだから!」
瑞希はとても笑顔で元気よく俺に話してくれる。ここに入ってからの瑞希はとても元気が良い。
(余程、ここのお店が好きなんだな)
「そうなんだ!河合さんはここに来たことあるの?」
「うん!桜と一度ね!その時にチョコクロワッサン食べたんだけどこれが美味しくて!」
とても楽しそうに話してる彼女を見ているとこっちまで楽しくなりそうであった。
「そうなんだ。その時も今日と同じ注文だったの?」
「私はそうだけど、桜はキャラメルマキアートだったな。あの子ああ見えて甘いもの超好きなんだから!」
意外であった。天道こそコーヒーとか飲みそうなイメージだったのだが。
「へぇー、そうなんだ。意外だね。そういや、河合さんはコーヒー好きなの?」
自然と会話が頭に浮かぶ。今日の俺は珍しく調子が良い。
「うん、好きかな。でも甘いものも好きだよ?今日みたいな甘いお菓子なんか食べる時に一緒に飲むのはコーヒーなの!」
なるほど。甘いものと苦いものの組み合わせで中和する感じなのか。良い表現を思い付いたため口に出してみる。
「なるほど!甘いものと苦いもののハーモニーを味わうのか。それも良いな」
俺のその言葉を聞いた瞬間、瑞希は固まってこちらを見ている。
「ん、なんだよ......」
俺は瑞希にその表情の訳を聞くとーー
「ぷはっ。あははー、なにそれハーモニー?面白いこと言うねー」
途端に、笑い出す瑞希。俺は、そういうつもりで言ったのではないのだが......。
「いやっ、それは......そう。面白いかなーって。ははっ」
俺は、照れ笑いをしながら水を飲む。路線変更をして受け狙いでの発言に切り替えることにしたのだ。
「もうー!やめてよ!急に笑わせるの」
涙目になっている瑞希は、目を少しこすってから両手でグラスを持って水を飲む。
そうこうしている間に店員さんがやって来た。
「お待たせしました。アイスコーヒーのブレンドMサイズがお二つと、チョコクロワッサンがお二つになります」
お盆の上から俺たちの目の前に商品が置かれるまでの間に少し沈黙が出来る。この感覚は未だに好きになれない。
「ありがとうございます!」
瑞希は自分の目の前にコーヒーが置かれた直後にそう言った。その後に、チョコクロワッサンが瑞希の前に置かれた。
「わぁー、美味しそうー!」
なるほど。セリフを変えてきたのか。流石は河合瑞希。コミュニケーションの達人といった所か。
そして、俺の目の前にもコーヒーが置かれる。
「......」
何か言おうとした気がするが、言うタイミングを失ってしまった。
チョコクロワッサンが置かれる。
「......」
もう何も言うつもりはない。
「以上で、よろしいでしょうか?」
店員さんの最後の確認が入る。
「はい!」
これくらいは言えたのだが、『はい』でさえも瑞希に言われてしまった。
「では、こちらに伝票を置いておきますので、お帰りの際は出口近くのレジまで伝票を持ってお越し下さいませ」
深々とお辞儀をして再び店員さんはカウンターの奥の方へと戻っていった。
「それじゃあいっただき......あっ、待って!」
瑞希がチョコクロワッサンを食べようとした瞬間、動きが止まる。
「ん?どうしたんだ?」
俺の言葉が宙を漂う。拾ってくれる人は居ないのだろうか。瑞希は、返答もせずに鞄の中を探っている。
「じゃーん!携帯電話ー!またの名をスマホでーす!」
瑞希は俺への返答を焦らして視界に訴えかける方法で答えてきた。これは沈黙を代償にしなければならないはずなのだが、彼女は沈黙が怖くないのであろうか。そんなことを考えていた。
「で、それで何をするんだ?」
俺は普通の返ししか出来ないので、普通に質問をする。
『カシャッ!』
瑞希のスマホから音が聞こえた。瑞希の方を見ると、スマホを横向けにしてチョコクロワッサンを撮っているようだ。
「なるほどね。じゃあ、これを天道に送るんだな」
俺の予想を言ってみる。
「いやー、それもありだけどー。これは送らない!自分用だよ!あっ、でも明日学校で桜に見せよっかなー」
最近の女子高生はなんでもかんでも写真を撮ったら誰かに送るものとばかり思っていたのだが、どうやら違うらしい。
「そうなんだ。ん?てか、自分用?」
気になるフレーズがあったので、深掘りしてみる。
「そう!自分用!」
「なんなんだ?それは」
そう言った直後にスマホから再び音が聞こえた。
『カシャッ』
瑞希は俺の方へとカメラを向けて、どうやら俺のことを撮ったらしい。
「やめろよ......」
腕で顔を隠すのだが、既に撮られているためもう遅いのであった。
「ははっ。隙ありー!!ねぇ、見て見て!これは桜と言った時の写真!これはねー、始業式の日の帰りに行ったんだよ!」
瑞希のスマホ画面を見せられる。見た目は俺と同じようなスマホなのだが、どうやら中身が全然違うようだ。
次々と写真を見せてくれるのだが、俺のスマホにはそんな綺麗な思い出のようなものは記録されていない。
(不具合かもしれない。一度、携帯会社に問い合わせてみるか)
などと、つまらない冗談を考えながらも瑞希の写真を見ていた。




