第五十話 頭の中での作業と頭の外での作業はまるで違う
しおり制作を開始した直後であったーー
隣から天道の声で『昨日はごめんね』と、聞こえてきたのだ。
「へっ?」
一瞬、事態を飲み込む事が出来ずに隣の方を向いて得意の間抜けな返事で返す。
「昨日......待っててくれてたんでしょ?」
続けて目の前から聞こえてきた。
今度は天道の口から言葉が出てきた事を間違いなく確認した。
「あっ、うん。まぁ......一応ね」
正直めちゃくちゃ待っていた。だが、そんなに待っていた感を出すと気負いしてしまいそうだと思ったので、待っていた事を少しでも軽く伝える。
「ごめんね?先、帰っちゃって......」
しおらしく天道が謝ってきた。
ーーどういうことだ?天道は怒ったとかの理由で、わざと帰ったわけではないのか?
気になったので理由を聞くことにした。
「別にいいけど、どうして帰ったんだ?」
天道は下を向きながらこう答える。
「ちょっとね。用事があって......」
用事というものが何なのかは分からないが、予定があったため先に帰ったらしい。
「そうなんだ。じゃあ、何で手紙で呼び出したの?」
さらに疑問に感じた事を聞く。
「それは......あの時は忘れてたの。ほんとにごめんなさい」
珍しく天道はとても申し訳なさそうに謝っている。
正直、俺はそこまで怒っていない。というか、むしろ怒られているのではないかと不安だったくらいだ。
「そうなんだ。まぁ、天道も色々と大変なんだな」
俺は部活も習い事も塾も行っていないから放課後に予定があるという感覚が分からない。
なので、放課後に何か予定がある人に何かを言うつもりはない。
「うん......」
天道は俯いたまま色ペンを持っている右手を動かす。
俺もそれ以上何か言っても良いものなのか分からずに前に向き直して、口を開かずに作業を進める。
文字を書くとしても、書体をどうすれば良いか、大きさはどうすれば良いか、文字の配置はどうすれば良いかを色々と考えてみる。
「何の用事かは聞かないの?」
少しの間の沈黙を破ったのは天道だった。
確かに少しは気にはなるが、まぁ人には色々あるだろうし詮索するのはあまり好まれないだろう。そんな思いで理由は聞かなかったのだが天道の方から聞いてきた。
「いや、まぁ色々忙しいんだろ」
俺はそれよりも怒らせていなかったということがわかっただけで十分であった。
「今度ね......ピアノの発表会があるの」
突然、天道の方から言ってきたその言葉にもちろん予定した反応は出来ずに、
「えっ、あっ、そうなんだ。発表会ね......。ピアノかぁ......」
興味がないと思われない程度に返答した。
「そうなの。それで昨日はその練習があって、いつも行っている英会話を早く行くことになったの」
なるほど。これは昨日の行けなかった理由を説明してくれているのか。なんとも律儀な人だ。
「へぇ~、英会話にピアノ......。大変だな」
今まで俺は何の予定もなく放課後に残っていただけだったため、何故か急に予定のない自分が情けなく感じてしまった。
「うん。発表会が近いからって、普段練習してなかった日も今は練習したりしてるから、この時期は余計に......」
その言葉からは疲れた様子が俺の目からでも見てとれた。
「それなら、しおり制作で居残りするのは大変じゃないのか?だったら、俺一人でやっとくぞ」
正直、俺一人ではできる自信はなかったのだが、まぁ時間もあるし何とかなるだろうと思った。
「いいえ、それは出来ないわ。これは委員長の仕事だし、私の個人的な理由で皆に迷惑かけるわけにはいかないもの」
それは、責任感から来るものなのか、はたまた遠回しに俺一人に任せたら皆に迷惑がかかるくらいの出来栄えになると言いたいのかは分からなかったが、やはり天道はしっかりし過ぎているように思えた。
「そうか。でも無理はすんなよ。その......発表会もあるんだし」
「ありがとう。とりあえず今日は終わりにしましょう。どこまで進んだの?」
天道からいきなり作業終了のお知らせが来たのだが、時計を見て三十分程は経過していたことに気付く。
「あっ、うん。えーと......ごめん」
俺は先ず書くまでの構成を考えていたため、話に夢中になってからは考えが進まなかったのである。
「......。まぁ、私が話しかけたのも悪かったわ」
天道は少し呆れたような、でも逆に申し訳ないとも思えるよう表情で俺に言った。
「天道は進んだの?」
何も進んでいない俺が言うのもおかしい話だが天道の進行具合を訪ねる。
「まぁ、時間もなかったしあんまりね」
そう言いながら、紙を手渡してきた。
そこには、可愛らしいバスの絵とバーベキューの絵が書いてあり、途中まで色が塗られていた。
「あっ、す、すごいな......」
俺とは違い、話ながらもしっかりと手を動かせるそんな能力まで持っていて俺は感心していた。
「そんなことないわよ。とりあえず今日は制作の段取りも決まった事だし、また明日にしましょ。表紙の続きは、時間があれば各自家で書いて来るってことでもいい?」
俺は早速全く進んでいない事の劣等感により、天道の意見に反論する気はない。
「うん。わかった。頑張るよ」
「そう。じゃあ、また明日ね」
と、言いながら天道は机を元の位置に戻していった。
「それと......今日も色々聞いてくれてありがとうね」
俺も帰りの支度をしていたその最中に天道は最後に一言だけ言って教室を後にした。
そういえば今日のあれも愚痴のうちに入るのだろうか......。
俺はペンと今日の成果である白紙を鞄に入れて家に帰るのであった。




