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ジルクが落ちてきた時

「輸血ぐらいしかできないって、どういうことだ!」


「縫合はもう済まされてありますじゃ。羽がくっつくのを待ったら刺繍糸の方は引き抜く必要がありますじゃ。しかし他は魔力で縫われているのでほっとけば吸収されて本人の魔力に上書きされますじゃ。あとは回復するのを待つだけですじゃ」


「治癒術師なのだろう?他にも出来ることはあるだろう!」


「そうは言いましても、もう回復薬類は飲ませたのじゃろう?ワシも時間を見て投与するが、今は輸血だけしかできんのじゃ」


「……分かった。リタはどれぐらいで目覚める?」


「分かりませんな。全ては本人次第ですじゃ」


コンコンコン


「誰だ」


治癒術師が聞く前に、苛立っているレイズが来訪者に尋ねた。


「オレだよ、ジルク。イルとリタちゃんの様子を見に来たぞ」


「なんだ、ジルクとイルか。入ってくれ」


治癒術師は勝手に入室を許可したレイズに呆れた顔を一瞬見せたが、諦めたように顔を左右に振った。


「リタちゃんの様子はどう?」


ジルクがレイズに聞いた。


「輸血と回復薬の投与しか出来ることはないらしい」


「そうか。仕方がないな」


「リタ様……このまま、この医務室でみていただけるのですか?」


イルは治癒術師に今後の治療方針について伺った。


「いんや、サルヴァドール様のお部屋は王宮内に用意されたと聞いておりますじゃ。ここは誰でも入れますじゃ。そっちの部屋に寝かせる方が安全ですじゃ。ワシが時間を見て訪ねるようにいたしますじゃ」


「そうしましたら、私がリタ様の身の安全を確保いたしましょう。リタ様がお眠りになられている間は私がリタ様を看病いたします」


「嫌だ」


レイズが子どもじみた言い方でイルの提案を却下する。


「え?」


驚いたのはジルクだ。プライドの高いレイズが自分からイルとリタが同室になるのが嫌だと言うとは思わなかったのだ。


「嫌だ。リタは俺が見る」


じゃあ、どうする?とジルクが聞く前にレイズが自分がリタの世話をすると言い出した。


「レイズ様はここでやることがございますでしょう?ずっとリタ様を見ていられません。ですから、ここは私が」


しかしイルも譲らない。揉める気配しかなかったのでジルクが割って入った。


「まあ、まあ、まあ!こうしよう!交代制だ!」


「「交代制?」」


イルとレイズの声が重なった。


「そう!夜は交代制でイルとジルクとオレでリタちゃんのお世話をする!んで、日中はイルが基本的に見て、時と場合に応じてオレかレイズが見る!これでどうだ!」


名案だ、とばかりに胸を張って言うジルク。ちゃっかり自分もその一員にジルクは加える。イルとレイズは折り合いをつけなければ話が進まないことを理解して、不満そうにしながらも、了承した。


こういう時はもはや恒例となった魔法の属性色で順番を決める。魔法を魔道具なしでは扱えない治癒術師を巻き込む。属性の種類を水、風、火のいずれかを発言してもらうことになった。呆れ顔を浮かべながらも付き合ってくれるのは、さすが年を重ねているだけはある。


結果的に今日はジルクがリタと同室になり、イルとレイズは納得がいかない顔をしながらリタの部屋に向かった。


・・・


ジルクとイルがリタの容態を確認しに医務室を訪れている頃、パトラは公爵家にベアーノの引く馬車で帰っている最中だった。


誰もいないのをいい事に、パトラはブツブツと独り言を言っている。


「ベスティア、なんて事をしでかしたの!ですわ!王様に呼び出されている妖精族の子にあの薬を浴びせてしまったなんて……!普通の人が使ったら魔獣は錯乱してしまいますですわ……。あの薬はベスティアだから使えるものですのに。次にあの方々とお会いするのは王様とのご挨拶がある1週間後……それまでにこの事態をどう対処すればいいのかしら。それに、ベスティアに取りに行ってもらったドレスはどうなったのですわ?明日聞くといたしますわ……はあ……」


「パトラ様、もう着きますよ。ベスティアの処遇はまた明日考えましょう」


ベアーノがパトラに到着を告げる。


「あの針……特性はまだバレていないらしいですわ。あくまで薬の所為ってことになってるって手紙に書いてありましたわ」


「左様でしたか。そうしましたら引き続きお伝えする必要はございませんでしょう」


「あの薬……ベスティアと中和されて初めて効果を発揮するのに……なんで割れるような所に入れていたのですわ?御者でも任されたのかしら?そうならないように乗り合いの馬車を取るように言いましたのにっ。うちの公爵家の馬車の御者を使ったらベスティアをこき使って馬を引かせようとするから……。ん?そもそもなぜベスティアは王様に呼び出されていた妖精族達と同じ馬車に乗っていたのですわ?あれ?」


「これは詳しいことをベスティアから聞き出す必要がありそうですね……昼食を取りにこちらへ来るようお伝えしておきましょうか?」


「そうね……ベアーノ、お願いするわ」


「かしこまりました。今日はもうお休みくださいませ、パトラ様」


パトラはベアーノの手を取って馬車を降りた。ベスティアのことが気になって、今来た方向を見つめる。ベスティアに何が起こったのだろうか?ふう、とため息を一つついて、パトラは公爵家の中に静かに入っていった。


・・・


リタを部屋に運ぶ段階になって、レイズは俺が運ぶと言って譲らなかったので、レイズにリタの部屋へと運んでもらう。

今までのパターンなら防御魔法が張られ、誰もリタに近寄れなくなるはずだ。


しかし何も起こらず、リタは静かに眠っている。防御魔法が張れないぐらいに疲弊しているのかもしれない。不安になるが、ジルクに追い出され、レイズとイルは自分に宛がわれた部屋に向かった。


2人が退室した後、ジルクはベッドに横たわるリタと2人っきりになった。ベッドは一つしかないので、向かいのソファーにジルクは横たわる。


『洗浄』


風呂に入るのは面倒くさい。ジルクは水魔法でさっさと綺麗にしてしまった。ゴロンと右腕を下に枕にして、横にいるリタの方を見つめる。


リタが聞こえていないのも分かってはいるが、ジルクは伝えずにはいられなかった。


「リタちゃん、オレ甘かったよ……どっかこの仕事を舐めてたんだと思う。護衛騎士なのに……ごめんな。オレが道中はずっと御者をすれば良かった。本来ならそうすべきだったのもわかってる。交代で馬車を走らせていたら、皆と旅してるみたいで楽しかったんだ。オレ……そういうのに憧れてた所があったから。ごめん、リタちゃん……こんなことになって、本当にごめん」


ジルクは12歳でこの世界に落ちてきた。魔力の高さから、公爵家に養子として迎える話が王様からあったが、窮屈そうだと思ったのでジルクは断った。


最初はギルド長と当時副ギルド長だったアイザックに拾われた。間近で冒険者がギルドを出入りするのを見ていたので、まるでゲームの世界だ!とまだ子どもだったジルクは感動したものだ。ギルド長は、まだ子どもだったジルクを1人にしておくわけにもいかず、ジルクは毎日ギルドの手伝いをすることになった。


そこでギルド長にこの世界を教わりながら、時にはこの世界での父のように慕い、魔法の扱いに慣れていった。でも楽しい日々はそう長く続かなかった。一年もしないうちにギルド長が病で倒れたのだ。


あっという間だった。その後、ギルド長はアイザックが引き継ぎ、それまで出入りしていたギルドにジルクは寄り付かなくなかった。ショックだった。そんなに長く一緒にいたわけではないが、毎日世話を焼いてくれていたのはジルクに伝わっていた。


この世界に落ちてくる前ジルクはなんの変哲もない、ただただ平和な毎日を送っていた。それが急に異世界に落ちてきて、魔獣や妖精、獣人、魔法と言った世界に変わった。ワクワクした。これから何かが始まるんだって、そう思った。


ジルクはやりたいことが見つかるまではこうしてギルド長と一緒に、ギルド職員として勤めるのも悪くない、そう思い始めていた頃にギルド長はなくなった。13歳を迎えたばかりのジルクは道標が突然消えてしまった気がした。


それからジルクは外に出るのが怖くなり、与えられたテラスハウスにこもるようになった。


アイザックはこのままではいけない、とそう思い、ギルドに来ていた一つの求人をジルクに見せた。


それが騎士団入団の求人だった。最優秀者は王宮騎士団に配属とする、と記載されていて、ジルクはぱっと目の前が明るくなった。


これだ、これしかない。


その様子を見てアイザックは、もうこれでジルクは大丈夫だと安心した。


ジルクは自分がなぜこのに世界に落ちてきたのかを知りたかった。道標が目の前からいなくなった今、何をしたらいいのかが分からなくなって、突如アイザックに道を示された気分だった。



せっかく魔力値が高いんだ。自分の可能性をこの世界で試したい。王宮騎士団に入れれば、他の国に調査などで旅に出ることもあると聞く。自分の役割をこなしながら、この世界で自分の居場所を探したい。そうジルクは考えた。


ジルクが睨んだ通り、ジルクの魔力値は圧倒的な高さを誇っていた。公爵家の次男だという者が試験官を当時担当しており、ジルクはその者に圧勝する形で入団となった。


それからは水を得た魚のようにメキメキと力をつけ、ジルクは僅か16歳で分隊長を任されることになった。


「リタちゃんが落ちてきたって聞いた時、この子に出会うために、あの時オレは王宮騎士団に入る選択がこの世界から与えられたんだって思ったんだ。初めて見た時にもピンと来たんだ。なぜかオレがリタちゃんは絶対に守らなきゃって思った。その感覚は未だにある。たとえイルやジルクは味方だと分かっていても、それでもリタちゃんだけは俺が守りたい。そう思ってたのに……。リタちゃん……」


ジルクの瞳からポロッと涙が溢れ、ジルクは深い眠りに落ちた。

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