獣人族の国 ヨアフパロ王国
あれから夜通し走り続けた4人は、交代で馬車の運転をしていた。リタの魔力は落ち着き、減少することはなくなったものの、増える気配もない。
「あとどれくらいで王宮に着く?」
レイズは布を捲りながら御者席のジルクに聞いた。
「あと半日ってとこだな。リタちゃんの容体はどうだ?」
「イルがみてる。今は安定しているが、目覚める気配はない」
「羽を欠損した影響が大きいな」
「わたくし、王宮に書物伝令を送りますわ。着いたらすぐ治癒術師に診ていただけるように申し上げます」
「ベスティア嬢、お前は一体誰に仕えている?」
レイズが訝しむ。そこらへんのただの侍女が王宮の治療術師を呼び出せるわけがない。もしそんなことが出来るとしたら、ベスティアの仕えている方が相当高位な貴族である場合だけだ。その者を経由すれば呼び出すことも可能だろう。
黙り込んで言うかどうか迷っているベスティアにレイズは畳み掛ける。
「これだけの事を招いておいて、だんまりとは……お前が仕える者が治癒術師を呼び出す以上、こちらがその者を知らないでは無礼に当たる。俺達に恥をかかせる気か」
レイズは怒気を含ませた声で言った。もう言わないわけにはいかない。ゴクリと喉を震わせて、ベスティアは口を開いた。
「……公爵家のご令嬢ですわ。魔力がとてもお強い方で、王族の遠縁の親族だった方の元にお生まれになられましたの。力の強さを見込まれて、公爵家の養女に迎えられ、次期王様となられる獣人族の王子とご婚約されていらっしゃいますわ」
「なるほど、道理で口を中々割らないわけだ。次期王様の婚約者の侍女であると知られれば、お前を利用しようと考える者も少なくない。分かった、これは心に留めておこう」
「ご配慮に感謝いたします……」
「では、是非に一筆お願い申し上げる」
レイズはベスティアに頭を下げた。それを聞いていたイルも頭を下げる。
「かしこまりましたわ」
2人が頭を下げるのを見て、小さくため息を吐くと、鞄から魔法石と紙とペンを取り出し、手紙を書いた。
レイズとイルはベスティアが魔法石を使って書物伝令で公爵令嬢に送るのを見届け、レイズはリタの顔色を窺った。
これでなんとかなるはずだ。レイズは期待と不安を胸に抱いてリタをじっと見つめた。
獣人族の関所を抜ける際、レイズはリタのポシェットにあるインベントリから王宮からの手紙を出す。一見すると本にしか見えないそれを、以前リタがやっていたことを思い出しながら使う。ベスティアが本で何をしようというのか、と聞いていたが説明は避けた。素早く操作を行い手紙が現れた時は、本に挟んでいたのか、と納得したような顔をした。
辺りはもう真っ暗で、時刻は既に夜中の12時近かったが、構わず王宮の敷地内に馬車を入り込ませた。5つの大きな岩山が見えてくる。王宮に入る1時間前にベスティアが到着を書物伝令で送っていたお陰で門番も特に警戒する様子はなく、一旦停止するよう手を前に見せるだけだった。
一般的にどの種族の王宮だろうと門の前で馬車を停車させる必要がある。
手綱を持っているイルが馬車を降りようとすると、待機していた門番が声を張り上げた。
「緊急事態であることはベスティア嬢から聞いています!そのまま真っ直ぐ王宮に向かってください!」
「ありがとうございます!」
イルはまた手綱を握って、言われた通りにまっすぐ馬車を走らせた。
王宮の建物の目の前まで来ると、既に何人かが待機しているのが見えた。獣人族の王宮は人族とは異なり、城はない。王宮と呼ぶよりは……大きな岩に洞穴が見える。洞穴には大きな扉が取り付けられており、今は開いている。似たような岩山があと4つある。人族と同じで、騎士団の寮や倉庫などがあるのだろう。
「王様に呼び出されて参りました、リタ・サルヴァドールの従者でございます!リタ様をお助け下さい!」
イルは待機している者たちに向かって言った。馬車を最初に駆け寄ってきた獣人族の女性2人の目の前で停車させる。その女性の後ろにはドレス姿の女性とその女性の執事と見られる男性もいる。そして馬車内にいるレイズから獣人族の王様からの書状を受け取り、女性に見せた。
「話は伺っております。さあ、中へ!」そう言って女性2人は馬車に近づいた。リタを運ぶために出迎えとして来たのだろう。女性であろうと、2人は獣人族だ。妖精族1人を運ぶのもわけない。
しかしレイズはそれを断った。
レイズはそう言うと、リタを横抱きにして馬車からリタを降ろした。駆け寄って来た女性2人の内1人はレイズの腕の中にいるリタの脈を手慣れた様子で確認している。もう1人はリタの羽の状態を触診した。治癒術師に仕えている者なのだろう。いわゆる看護師だ。リタの容態を確認すると、2人で頷き合い、洞穴の中へ入って行った。
「こちらです」
レイズは女性2人の後について行く。洞穴の中へ入ると、中は洞窟のようになっており、岩肌がむき出しになっていた。足元も絨毯は敷かれておらず、コンクリートのようだ。平らに均されているだけまだ歩きやすい。階段も岩を削って作ったようで、ゴツゴツしている。
案内された先は迷路のようになっている一階の一番奥の部屋だった。医務室、と看板が扉にかけられている。
看護師の女性2人がその看板が取り付けられた扉を開けると、白髪混じりのライオンのたてがみを持った老人の男性が白衣を着て椅子に座っていた。
・・・
一方、馬車と一緒に置いていかれたイルとジルクは、これからどうしようかと馬車内で話していた。一度馬車を降りてから決めようということになり、イルとジルクは馬車を降りた。するとベスティアも王宮から歩いて帰ると言い出したので、イルは振り返り、馬車内にいるベスティアに手を差し出した。イルの手を借りてベスティアが馬車を降りたその瞬間だった。
「「ベスティア!」」
ドレス姿の女性とその執事が駆け寄ってきた。
「パトラ様、ベアーノ!」
どうやらベスティアの仕えている主人の公爵令嬢のようだ。
「ティグレ公爵家のパトラと申しますわ。この度はベスティアが皆様にご迷惑をお掛けし、大変申し訳ございませんでしたわ」
パトラと名乗った赤いドレス姿の女性は深々と頭を下げながらカーテシーをイルとジルクに向かって行った。パトラには虎模様の耳と尻尾がある。真っ直ぐなサラッとした質感の髪がキラキラと光で黄金に輝いている。スッと開いた鋭い目の瞳も金色で、強さを宿した視線にゾクッとする。
見た目とは裏腹に貞淑なその様子に目を丸くし、イルとジルクは困った顔をした。
ベスティアがどこまで何をパトラに説明したのかがわからないので、何かを話そうにも話しにくい。かと言って、これで変にベスティアをフォローする発言をした場合、貴族相手では言質を取った、と後でいちゃもんを言われかねない。自分の侍女がしでかしたことに責任を取りたくない貴族のよくやる手だ。どさくさに紛れてさっと謝って、相手から不問の言葉を引き出すのだ。養女だとベスティアから聞いてはいるが、王族の遠縁の親戚だったとも言うし、今は公爵家だ。
無難に挨拶だけで済ましておこう、とジルクはイルに目線で訴え、察しの良いイルはコクリと頷いた。
「ジルク・コルレニアです。リタ・サルヴァドールの護衛として王宮騎士団から参りました」
「私はリタ様の執事をやっております、イルと申します。先ほどリタ様を連れて中に入った者はレイズ・クロリア伯爵と申しまして、こちらの国の埋葬業を学びに来られました。私は同時にこの方にもお仕えしております」
「それも王様より伺っておりますわ。今日は疲れておられますでしょう。皆様が泊まれる場所を王宮内にご用意いたしましたわ。ご案内させていただけますかしら?サルヴァドール様とクロリア伯爵様は今頃、治癒術師が対応しているかと思いますわ。先にご案内させていただいてもよろしくて?」
「わかりました、よろしくお願いいたします」
ジルクがそう言うと、パトラはベスティアにベアーノと呼ばれていた耳が熊のような20代前半の男性に目線を寄越した。
ベアーノは頷きを返すと、イルに向かって口を開いた。
「馬車をお預かりいたします。王宮の門の外にある馬車の停留所に置いて参りますので、その後はご自由になさってください」
「承知いたしました」
イルが了承すると、ベアーノは馬車の御者席に座って馬車を置きに停留所へ向かって行った。
「ご案内いたしますわ。ベスティアも参りますわよ」
パトラの声にビクッと体を震わせたベスティアは、おずおずと頷いた。そしてイルとジルクはパトラの後について王宮に足を踏み入れた。
案内してもらった部屋はそれぞれ皆小さな洞窟のようになっていた。人数分の部屋を用意してくれたようで、やっと広々と寝られる、とイルとジルクは安堵した。
「何かご用がございましたら、ベスティアを置いて行きますので、ベスティアに言うといいですわ。ベスティア、ご迷惑をお掛けしたのだから、この方々にしばらくはお仕えするのですわ。よろしくて?」
「はい、かしこまりました、パトラ様……」
ニコッとパトラは微笑むと、ではまたの機会にお会いしましょう、という言葉を残して去って行った。
「あれが公爵令嬢か……凄まじいオーラだったな」
ベスティアがまだいるのも構わずジルクはイルに話しかけた。
「ジルク様、まだベスティア様がいらっしゃるのですよ。と言いたいところですが、同感です。獣人族でありながら、大きな魔力を宿されているのがありありと伝わってきました」
チラッとベスティアの様子を見るが、ベスティアは下を向いて体を強張らせている。ベスティアはパトラを恐れているのだろうか?それよりも、とイルはベスティアにリタの居場所について尋ねることにした。
「リタ様はどちらへ連れて行かれたのか、見当はつきますか?」
「……おそらく、王宮内の医務室かと思います……ご案内いたしましょうか?」
ベスティアの脅える様子が気になるが、何か聞いたところでどうせ何も言いそうにないので、イルはベスティアにリタの元へ案内してもらうことにした。
医務室、と看板に書かれた部屋に案内されると、ベスティアは扉からすぐ後ろに下がった。
「では、わたくしも王宮にある侍女の寮に下がります……何かご用がございましたら、書物伝令を飛ばしてくださいな。すぐに参りますので……失礼いたします」
「案内ありがとう。今日はもうゆっくり休んで」
扉から後ろを振り返り、ジルクはベスティアにそう言うと、扉の方に向き直った。扉をノックしようと近づくと、中でレイズと老人が話す声が聞こえた。
コンコンコン
ジルクは扉をノックした。




