第十一章 今の顔
八月十六日
美玖の母親は、菜箸を持ったまま立っていた。
美玖も菜箸を持っていた。
二組の先端が、同じフライパンを向いている。
「お母さん」
「うん」
「今日は、見てて」
母親は自分の手元を見て、ああ、と言った。
菜箸を流しの縁へ置く。そのとき、卵焼きの端が少しめくれ、思わず手が出かけた。
千尋さんが横から火を弱めた。
「大丈夫。いったん止めても」
美玖はつまみを戻した。
母親の手も止まった。
俺たちは居間の机へ座っていた。志保さんの鞄には黄色い布の切れ端が巻かれている。切って余ったので、目印にしたという。
七緒がそれを見て、ちゃんと見える、と言った。
「何が?」と志保さん。
「どこに置いても、自分の鞄だって」
志保さんは電話の写真も見せた。机の前の窓へ、黄色い布が掛かっていた。昨夜、母親と両端を縫い、今朝、明るくなってから撮ったという。
七緒が顔を寄せ、美玖も台所から一度だけ振り向いた。
「ほんとに、その色になった」と美玖が言った。
「朝はね。夜だと、また違うの」
志保さんは机へ電話を置いた。写真には、窓の下に白いカップも写っていた。
「カップも、戻ったんですね」と七緒が言った。
「昨日、母が取りに行ってくれた。本と上着も。箱から出したら、思ってたより小さくて」
志保さんは写真を大きくした。カップの縁に、窓と同じ明るい色がついていた。
「洗って、すぐ使った」
画面を戻し、志保さんは鞄の持ち手に巻いた黄色い布を一度撫でた。
台所で、美玖が卵を返した。
端が潰れたが、千尋さんは何も言わなかった。母親は唇を引き結んだまま見ていた。
「できた」
美玖が皿へ移した。
母親が小さく息を吐く。
「上手」
「前のほうが綺麗だった」
「でも、おいしそう」
美玖は包丁を取った。母親は今度は手を出さず、横へずれた。
七緒が机を拭き、俺は六人分の箸を並べた。
卵焼きは、前より甘くなかった。
俺はもう少し甘いほうが好きだったが、黙って食べた。七緒はおいしいと言い、志保さんは自分が作ったものとの厚さの違いを眺めていた。
母親が一切れ食べた。
「砂糖、減らしたの?」
「うん」
「甘いの、好きだったでしょう」
美玖は自分の皿を見た。
「今は、こっちのほうが好き」
「そうなんだ」
母親はもう一切れ取った。
「じゃあ、次からこれくらいにする」
美玖は返事をせず、味噌汁の椀を持った。
机の下で、片方の足が少し揺れた。
千尋さんは母親へ、いつもの味付けはどうするのか訊いた。母親が量を答えると、彼女は自分の家の量と比べた。
「うちも、そのくらいです。でも、お父さんが作ると、少しずつ多くなって」
母親が笑う。
「箸で混ぜる前に、私も足したくなる。足りなく見えるのよね」
美玖が顔を上げた。
「今日も、足しそうだった」
「見てた?」
「見てた」
母親は箸を置き、今度は先に訊く、と言った。
七緒が俺の皿を見た。
「航は、もっと甘いほうが好きだよね」
「よく覚えてるな」
「小学校のとき、うちの卵焼きに砂糖かけようとしたから」
「それは覚えてない」
「私のお母さんは覚えてる」
美玖の母親が笑った。
美玖は自分の卵焼きをもう一つ取り、これでいい、と言った。
食事のあと、机の上へ写真が並んだ。
美玖が昨夜、母親と探したものだった。小学校の運動会、海へ行った日、正月の親戚の集まり。新しいものになるほど、美玖は端に小さく写るようになっていた。
顔を隠している写真もあった。
「ほんとに、ないね」
母親が言うと、美玖は頷いた。
「私が、撮らせなかったから」
七緒は一枚を指した。
「これ、横顔、よくない?」
制服を着た美玖が、バスの窓へ顔を向けていた。窓の向こうは、何も見えないほど明るい。
美玖は眉を寄せた。
「これ、酔ってるとき」
「そうだったの?」
母親が訊く。
「言った。気持ち悪いって」
母親は写真を自分の前へ寄せた。
「覚えてなかった。ごめん」
志保さんは写真の向きを直した。
「綺麗に写ってるのと、そのとき楽しかったのは、別だね」
美玖は、うん、と答えた。
俺はその横の写真を見た。美玖が笑っていたが、手前に誰かの頭が大きく入っていた。
「これは?」
「従兄弟が転んだとき。痛くなかったから笑ってた」
母親が、これなら顔が見える、と言った。
「でも、昔の私」
美玖は写真を戻した。
母親は棚の写真立てへ目をやった。
「新しく撮ろうか」
美玖は返事をしなかった。
「ここで。今の服で」
母親は自分の電話を手に取った。
美玖が背筋を伸ばす。七緒が机の上の皿をどけた。
レンズが向いた。
「もう少し、笑って」
美玖の口元が固まった。
母親は画面を見たまま、顎を少し引いて、と続けた。
「目、開けて。ちょっと、前髪が」
美玖が片手を上げた。
「待って」
電話が下がる。
美玖は耳へ掛けた髪を戻した。
「何か、違う」
俺は母親のほうを見た。困った顔だった。
「でも、ちゃんと撮らないと」
美玖は自分の電話を取り出した。
九日にセンターで撮った、七緒と映画会のポスターの写真を見せる。七緒は口を開きかけて、鯨を指していた。
「こういうのが、いい」
母親は画面を覗いた。
「自然な感じ?」
「うん。私が撮るときに、撮りたいって思う感じ」
母親はもう一度自分の電話を見た。
「難しいね」
「うん」
美玖は少しだけ笑った。
「私も、難しい」
買い物に出ることになった。
すぐ近くの店まで。母親も一緒に来た。冷蔵庫に牛乳が少ないと言ったのは千尋さんで、勝手に見てしまったとあとから謝った。
母親は、助かる、と答えた。
玄関を出るとき、美玖は帽子を選んだ。船へ持っていったものではなく、普段使っている紺色のものだった。
俺は買い物袋を受け取り、五人の後ろへついた。
坂を下りる途中で、母親が写真を一枚撮った。美玖は振り向かなかったが、気づいているようだった。
横断歩道では、七緒が美玖の横へ並んだ。
「私も入ってる?」
「端に」と母親が答えた。
「端じゃなくてもいいです」
七緒は少し美玖へ寄った。
美玖が笑ったところで、シャッターの音がした。
母親は画面を確かめ、眉を上げた。
「あ。指が入った」
「お母さん、ここ。こっち側を持つ」
美玖が電話を受け取った。
手の向きを直し、戻す。
七緒はもう美玖の隣で、店の入口を見ていた。
俺たちは牛乳を二本買った。千尋さんは父親に頼まれた葱を取り、美玖はヨーグルトを選んだ。
母親は、そのヨーグルト、酸っぱくない、と訊いた。
「酸っぱいのがいいの」
「そう」
籠へ入るものを見ながら、母親は頷いた。
帰り道、美玖が花壇の前で立ち止まった。花を見ているのかと思ったが、奥へ落ちたボールを見つけたらしい。
小さな男の子が、柵の外から手を伸ばしていた。
美玖はしゃがみ、届くところまで腕を入れた。ボールが転がり、指先から逃げる。
七緒が反対側へ回って押した。
ようやく取れたボールを渡すと、子供は抱えて走っていった。近くにいた父親が頭を下げた。
美玖は膝についた土を払い、立ち上がった。
そのとき、母親の電話から音がした。
「いま?」
美玖が訊いた。
「うん。いい顔だったから」
母親は自分から電話を差し出した。
美玖は覗き込んだ。七緒も隣から見た。
「顔、ちゃんと見える」
七緒が言った。
美玖は母親を見た。
「これ、送って」
母親が頷いた。
俺は牛乳の袋を反対の手へ持ち替えた。家までの坂が、さっきより暑かった。
居間へ戻ると、美玖は写真を印刷した。
紙が出てくるまで、母親は古い写真立てを拭いていた。裏の金具が固く、指で押しても動かない。
美玖は電話の画面と、出てきた紙の色を比べた。
「こっち、ちょっと暗い」
「窓のところで見たら?」と志保さん。
美玖が紙を持ち上げた。
横から覗くと、彼女は顎を引いてもおらず、正面も向いていなかった。土のついた指を広げ、七緒へ何か言いかけている。
笑っていた。
母親の手元で、金具が外れた。
古い写真が出てきた。
「これ、捨てないでね」
美玖が言った。
母親は顔を上げた。
「捨てないよ」
「嫌いな写真じゃないから。ただ、今のと違うだけ」
母親は頷き、古い写真をアルバムの間へ挟んだ。
新しい写真を入れると、上の端が少し余った。七緒が紙を切ろうとしたが、美玖が自分でやると言った。
切り終えた小さな帯が、机へ落ちた。
母親は写真立てを棚へ置いた。白い花の間ではなく、電話の充電器のそばだった。
美玖はその位置を見て、何も言わなかった。
母親が写真の埃を親指で拭こうとすると、美玖が止めた。
「それ、ガラスの内側」
母親は手を戻した。
「また開けなきゃ」
二人で写真立てを持ち、机へ戻ってきた。
ガラスの埃を取り、今度こそ棚へ戻すと、美玖はまだ電話を持っていた。
「お母さん、そこ座って」
母親は自分の後ろを見た。そこには、さっきまで俺が座っていた椅子があった。
「何、私も?」
「うん」
「今日はいいわよ。顔、何もしてないし」
美玖は電話を下ろした。すぐには押さず、母親が棚の端を直すのを待っていた。
七緒は写真立ての箱を畳み、千尋さんは流しへコップを運んだ。志保さんが椅子を一つ寄せると、母親はそこへ腰を下ろした。
「ここでいいの?」
「もうちょっと、窓のほう」
母親は首だけ向けた。美玖が立つ位置を変え、電話を少し下げる。
「その角度、太って見えない?」
「まだ撮ってない」
「撮る前に言ってるの」
美玖は小さく笑った。いつも母親のほうから出てくる、早い返事とは違う声だった。
母親は髪を耳へ掛けてから、また下ろした。自分の手をどこへ置けばいいか迷い、机のコップを持ち上げた。
「飲んでていい?」
「熱くない?」
「もう冷めてる」
シャッターの音がした。
母親が、今の、と言い、コップを置く。美玖は電話を持ったまま、まだ、と止めた。
「もう一枚」
窓の光が母親の頬へ掛かっていた。美玖は画面の一か所へ触れ、少し明るさを変えた。母親はその指の動きを見ていた。
「そうやって、暗くもできるのね」
「全部明るくすると、窓の外が真っ白になるから」
「私の顔は?」
「見える」
「それなら、いいけど」
二枚目の音がした。母親が笑い、美玖はもう一枚撮った。
画面を渡すとき、美玖は電話の上下をきちんと直した。
母親は拡大した。自分の目の下を見て、困ったように笑った。
「疲れた顔してるねえ」
「してるね」
美玖は否定しなかった。
母親は次の写真へ送った。今度は窓の外まで見えるものだった。角の家の青い屋根が、小さく写っていた。
「これ、うちなのに、ちょっと違うところみたい」
美玖が隣から覗いた。
「こっちに座らないからじゃない」
「いつも、あっちだものね」
母親は台所を見た。それから、自分の電話を探した。
「これ、私にも送って。おばあちゃんに、見せたいから」
美玖は少し驚いた顔をした。
「これでいいの?」
「三枚目。コップが邪魔なやつ」
「邪魔なら、二枚目にすれば」
「笑ってるのがいい」
美玖は母親の指した写真を送った。
帰り際、靴を履きながら振り向くと、二人はまだ画面を見ていた。母親は髪を整えた二枚目も欲しいと言い、美玖は、さっきこっちって言ったのに、と言っていた。
俺たちが手を振ると、二人とも顔を上げた。同じように片方の手を上げ、母親のほうだけ、電話を落としそうになった。
八月十七日
同じ場所へ、二度行っていた。
宮内さんが出した地図を見て、美玖はしばらく黙っていた。
七月十八日の写真には、川の近くの曲がり角が二度写っている。印刷を頼んだほうは十七時二十八分。そのあと電話に残った一枚は、十八時六分。
間に、写真店での注文が入る。
「こちらの写真も、同じ場所ですか」
宮内さんは二枚を並べた。
黄色い柵の向こうに、灰色の塀があった。少し違う方向から撮っているので、柵の形は違って見えた。けれど塀の欠けたところは同じだった。
俺は前に見た紙の写真と、電話で見た写真を、一続きに考えていた。
美玖も、同じ角度で何枚か撮ったのだと思っていたらしい。
「明るさが違う」
七緒が言った。
美玖は二枚目を自分の前へ寄せた。
「撮り直しに、戻ったのかも」
「行ったときに、確かめられそうですか」
宮内さんが訊いた。
美玖は、行く、と答えた。
隣の母親が、私も一緒でいい、と訊く。美玖は少し考え、頷いた。
曲がり角の工事の柵は、もうなくなっていた。
塀の欠けたところだけが残っている。その前に立つと、川面は建物の間から細く見えた。
美玖は電話の画面を見ながら、二歩下がった。
「最初、ここ」
壁際から電話を構える。
俺たちは邪魔にならないように離れた。美玖は一枚撮り、七月の写真と並べた。
「同じだ」
母親が隣へ来た。
「これを、撮りに来たの?」
「来たっていうか、通ったら、きれいだったから」
美玖は川のほうを指した。
「ここだけ、光が白くなってた。雨の前だったから」
今日はその光はなかった。川は緑がかり、風が吹くたびに皺が寄った。
母親は電話の中の光を見た。
美玖は角を曲がった。
「二枚目、こっち」
そこからだと、塀の向こうの窓が見えた。窓ガラスが斜めになっていて、川の反対側が少し映っていた。
「ああ」
美玖が声を出した。
俺たちは彼女を見た。
「向こう側が見えたから、撮りたかったんだ」
窓の反射を示す。
「写真店で見せたら、後ろの白いところは何、って訊かれて。私、知らなかったから。もう一回、見ようと思って」
宮内さんが地図を下げた。
「いま思い出したのは、どこの部分ですか」
「ここへ戻って、窓を見たこと。店で言われた言葉は、たぶん、そういう意味だったと思うけど、そのままじゃないかも」
宮内さんは頷いた。
美玖は電話の中の窓を見た。
小さく、白い車の一部が映っていた。車そのものより、その上に見える空のほうが広い。
「車がいたのは、覚えてない」
彼女は先に言った。
宮内さんが、写真に写っていることとは分けておきましょう、と答えた。
俺は川向こうの道を見た。
その道は、駅裏を回る整備路へつながっていた。普通の歩道からは、建物の間を通して少しずつしか見えない。
志保さんが俺の隣へ来た。
「前にも、ここで車の表示を見たって話してたね」
美玖が頷いた。
「最初に撮ったほう。柵の奥に、作業中の板があった」
七緒が二枚の写真を見比べた。
「同じ車かどうか、これじゃ分からないね」
車体の見える部分が少なかった。文字も読めない。
宮内さんは写真を鞄へ戻した。
「画像と、その日の通行や作業の記録は、こちらで照らし合わせます。今日は、ご本人がどこへ行こうとしていたかを確かめられれば」
美玖は窓から視線を外した。
「家に帰ろうとしてた。でも、ここへ戻ったから、少し遅くなった」
母親は何も言わなかった。
「雨が降ってきて。バスのほうへ行けば、屋根があるって思って」
言葉が止まった。
最後の庇までは、ここから歩いて数分だった。
宮内さんは、今日はここまでにしましょう、と言った。
美玖は頷いた。
俺たちは来た道を戻った。
母親は、美玖の半歩後ろを歩いていた。
何度か話しかけようとして、やめているようだった。美玖はそれに気づいていたのか、途中で自分から足を止めた。
「早く帰ればよかったって、思ってる?」
母親も止まった。
「思わないようにしてる」
少しして、そう答えた。
美玖が靴先を見た。
「私、悪いことしてるつもりじゃなかった」
「うん」
「写真、もう一回撮りたかっただけ」
母親は彼女の帽子を見た。
「そこまでして撮りたいものがあるって、知らなかった。電話ばっかり見てるって、思ってたから」
美玖の手が、鞄の紐から離れた。
「お母さん、あの日の朝、写真の話、聞かなかった」
母親は、うん、と答えた。
「またそんなもの撮って、って言った」
「言ったね」
美玖は鼻の頭を擦った。
「いい加減にしてって言ったの、ごめん。でも、嫌だったのは、本当」
母親の目が赤くなった。
「うん。ごめんね」
彼女は美玖の肩へ手を伸ばし、触れる前に、抱いていい、と訊いた。
美玖は少し顔をしかめた。
「そういうの、いつも訊かなくていい」
母親の腕が背中へ回った。
美玖は最初、手を鞄の横に下ろしていた。やがて、片方の手だけを母親の背中へ置いた。
俺たちは少し先へ歩き、信号の手前で待った。
千尋さんは水筒を取り出したが、開けずに戻した。七緒は通りの向こうを見ていた。
信号が一度青になり、赤へ戻った。
母娘が追いついてきた。
美玖は少し鼻をすすり、俺の靴を見た。
「紐」
片方ほどけていた。
俺はしゃがみ、結び直した。
立ち上がると、次の青になった。
センターへ戻ってから、美玖は母親に写真店の展示を見せに行った。
俺たちはそこで別れた。母親は、日差しが強くなる前に帰ろう、と言いかけて、途中で、どのくらい見てていいの、と訊き直した。
美玖は、一枚ずつ見たら少し掛かる、と答えた。
母親は水を買ってから行くことにした。
残った四人で、十八日の看板を仕上げた。
七緒が字を書き、志保さんが離れて読む。千尋さんが土台を押さえ、俺が紐を通した。
映画会場まで、あと百メートル。
右へ曲がる矢印の下に、波を一本入れた。
「これ、道だと思われない?」
俺が言うと、七緒は筆を止めた。
「そんなに心配なら、航が曲がる角に立って」
「立てばいいんだろ」
「今のは、冗談なんだけど」
千尋さんが笑い、志保さんは、冗談が指示に変わるの早い、と言った。
七緒も笑って、波の先を丸くした。
父親が仕事の帰りに寄るというので、千尋さんは今日の帰りだけ軽トラックへ乗ることになった。
「明日、映画は?」
七緒が訊く。
「お父さん、遅いかもって。私は行く」
千尋さんは、釣りの話もしてみた、と続けた。
「何時に出ればいいか訊いたら、今なら堤防でいいって。昼でも釣れるってさ」
「よかったじゃないですか」と俺。
「でも、道具は今度、家で見てくれって。箱がいくつもあるらしい」
七緒が、十九日とか、と言った。
千尋さんは、そうだね、と答えた。
予定が一つ増えた。
夕方、美玖から写真が届いた。
写真店の展示の前で、母親が洗濯物の影の写真を見ていた。撮られていることに気づいていないらしく、少し首を傾けている。
その下に、短い文があった。
十五歳って書いてないほうがいいね、だって。
七緒が、いいお母さん、と返事を打ちかけた。俺は隣から見えたが、何も言わなかった。
彼女は消して、見に行けてよかったね、と送った。
美玖から、うん、と返ってきた。
千尋さんはまだセンターにいたので、その場で画面を見せ合った。志保さんは、写真店の展示をもう一度見たくなったと言った。
俺は今日の地図をしまった。
美玖が二度歩いた道へ、小さな数字が二つ書かれていた。
十七時二十八分と、十八時六分。
自分で戻って、自分で写真を撮った。そのあとの数分だけが、まだ繋がらなかった。
七緒は明日の看板を壁へ立て掛けた。
「乾いたら、運ぼう」
俺は持ち手の紐を確かめた。




