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【完結】無敵の才女【書籍化・コミカライズ】  作者: 一分咲
最終章

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50/52

50.本当の悪女

 ローレンスが言った通り、田舎町の仮面舞踏会はあまりにも賑(・)や(・)か(・)す(・)ぎ(・)る(・)ものだった。


 とある貴族の別邸で開かれていたそれは、馬鹿騒ぎという表現がぴったりの荒れっぷりで、門から少し離れた場所に馬車を停めているアレクサンドラたちのところまで音や声が漏れ聞こえてくる。


「せっかくここまで来たのに、どうしてこんなところで待っていないといけないのかしら?」

「君を紛れ込ませたくないからに決まっているだろう。うっかり声をかけた男がりんごのように握り潰されるところは見たくないからな」


「あら、それなら先にあなたが潰されてみます?」

「ああ、どこにする? アレクサンドラが握ってくれるのならどこでもうれしいよ」


 完璧な笑みを向けてきた王太子に、変態と心の中で毒づいたアレクサンドラはそっぽを向く。ちょうどそこへ、内部を偵察に行っていた従者たちが戻ってきた。目を泳がせ、しどろもどろになりながら教えてくれる。


「あの……その……リンドバーグ伯爵令嬢の婚約者殿は、ピンク色の髪の女性と一緒に館内の客間へと向かわれました。二人とも泥酔している様子で……その」


 目を泳がせ、一生懸命言葉を選んでいるが、そこまでの状況なら包み隠す必要はないだろう。アレクサンドラはさらりと促す。


「大丈夫よ。続けて」

「はいっ。その、衣服が少し乱れた様子で……お二人は仲が良さそうに密着され、部屋の中に消えました」

「……そう。ありがとう」


 報告を聞いていたローレンスが、低く鋭く、怒りを感じさせる声色で告げてくる。


「部屋を訪ねるときには私も一緒に行こう」


「いいえ。私はリンドバーグ伯爵家の名前を出すつもりでいますわ。そのときに、王太子でいらっしゃるローレンス殿下が一緒にいては有利に立ち回れない可能性があります。私はあのお馬鹿さんと婚約中ですから。自分が不利になる可能性を万に一つも残したくありませんの」


「そうか」


 きっぱりと言い放てば、ローレンスは心の底から面白そうに笑った。いつも通りの、余裕を感じさせる表情と独特の間。それから、アレクサンドラの方をまっすぐに見つめて告げてくる。


「私は気が長い方ではない。今日、この場が収まったら話したいことがある」

「……承知いたしました。では、そのときに改めて」


 努めて冷静に答えたものの、心の中は穏やかではない。これまで、ローレンスからの『求婚ネタ』は数えきれないほど軽口として躱してきたが、本気の求婚は一度だけ。それを断ったのは、アカデミーへの進学が理由だった。


 一度きりで済んでいるのは、ローレンスも意味をわかっているからだ。


 ――『次に求婚されたら、アレクサンドラ・リンドバーグは断れない』と。




 明け方、空が白み始めたころ。


 アレクサンドラはローレンスの従者を伴い、その部屋へと突入した。そこで待っていたのは、あられもない姿で眠るマルセルと、ピンクブロンドの女性だった。


 眠っていたところを乱暴に起こされたマルセルは驚いてベッドから転がり落ち、そのうえ腰を抜かしたようだった。


「ア、アレクサンドラ……⁉︎ ど、どうしてここに⁉︎」

「あなたが田舎町の仮面舞踏会で遊んでいらっしゃるという話を聞きつけたからですわ。あまりにもお話通りでびっくりしてしまいました。さぁ、どうして差し上げましょうか?」


 アレクサンドラはそう言うと、サイドテーブルに置いてあったリンゴを手に取る。


「ひい!」


 それを見たマルセルは、まだ記憶に新しいアカデミーでの卒業式をすぐに思い浮かべたようだ。腰を抜かしたまま、床を這って逃げ出す。先回りして行く先を塞ぐと、がくがくと震え出してしまった。


「普段の威勢はどうしたのでしょう。私のように男を立てず魅力のない堅物女と結婚してやるだけありがたいと思え、だったかしら?」

「!? そ、そこまでは言ってない、言ってない……!」


「似たようなことは言ったと認めるのね?」

「ひいっ!」


 マルセルの情けない悲鳴が響く部屋で、こんな状況でもあまり動じていない人間が一人。


 それは遊び相手の女だった。


 明け方のため、明かりをつけてもまだ部屋の中は薄暗い。顔はよく見えないが、仮面をつけたまま眠っていた彼女はベッドの上で体を起こし、気だるげにぼやいている。


「やだ。こんなところに入ってくるなんてどうかしてるわ? これは遊びなのよ? あーあ、こんなふうに乗り込んでくる婚約者がいる男なんて、つまんないわ」

「あなた。お名前を教えていただける?」


 こんな状況で名乗るのは馬鹿だけだ。本当の名前が出てくるはずがないと思いつつ一応問い掛ければ、女は拍子抜けするほどあっさり教えてくれた。


「私はエイヴリル・アリンガムですわ。アリンガム伯爵家の長女で、こんなふうに遊ぶことがだーい好きなんです」

「……!?」


 予想外すぎる名前に、手にしたりんごを落とすところだった。


(アリンガム伯爵家って……『私よりも賢い令嬢』がいるという話の家では?)


 しかも、歳の頃を考えると、この半裸の女が本人に違いないのではないか。だが、アリンガム伯爵令嬢の名前は『エイヴリル』ではなく、もっと別の名前だったような気がする。


 試してみたくなったアレクサンドラは、半裸ピンクブロンドの女に問いかけた。


「もしかして、アリンガム伯爵家のご令嬢かしら。あなた、詩の暗唱はできて?」

「詩? あの、お堅い令嬢が集まって話題にするアレ? だっさ」


 小馬鹿にしたような表情を見て確信する。


(なるほどね)


 自分よりも賢い令嬢がいると教えてくれたのは家庭教師のハンナだ。少し調べればわかることなのに、彼女は絶対にその名前を教えてくれなかった。当時は不思議に思ったものの、今となればその理由がわかる気がする。


 きっと、この女はアリンガム伯爵家の『ずば抜けて賢い令嬢』ではない方だ。おそらくその本人には特殊な事情があって社交界に出てこられないのだろう。


 ハンナがどうしても名前を教えてくれなかったことも後押しになって、アレクサンドラはすんなりと腑に落ちた。一通りの疑問がすっきりとしたアレクサンドラは、半裸ピンクブロンドの女に向き直る。


「私はアレクサンドラ・リンドバーグですわ」


 自己紹介をすれば、彼女はかわいらしい顔を歪めた。


「ん? 待って? アレクサンドラ・リンドバーグって、あの堅物令嬢?」

「よく知っているわね。あなたみたいな方は知らないかと思っていたわ」

「だって、よく聞くわよぉ? 融通が利かない、お勉強ばっかりの堅物女、って」


 両手で口を抑え意味深にクスクスと笑う姿は、この状況の深刻さを全く理解していないように見える。


 けれどアリンガム伯爵家はリンドバーグ伯爵家から多額の借金をしている。それを彼女に教えてやってもいいが、おそらく理解しないだろう。


 アレクサンドラは、視界の隅でガタガタと震えている婚約者のマルセルに視線を向けた。


「私たちの婚約は解消しましょう。多少の火遊びは許すつもりでいました。ですが、このような場に出入りしているとなると話は別です。私にとってあなたは風除けの予定でしたが、今はお荷物でしかありませんわ」


「いや、待ってくれ。そんなつもりじゃ……あ、もう二度と仮面舞踏会には行かない。お願いだ、頼む」


 もともと、彼はアレクサンドラが誰とも結婚できないと思い込んでいた。卒業式で、ローレンスと友人だという話を聞いても、全く動じていなかった。


 そのせいで、何事においてもおかしいほどに強気だったのだが、今は見る影もない。元婚約者を無視して、アレクサンドラは部屋を出るために扉へと向かう。


 そうして、部屋を出る直前で振り返るのだった。


「そちらの、アリンガム伯爵家のご令嬢には別に恨みはありません。ですが、大富豪リンドバーグ伯爵家の者としてきちんとけじめをつけないといけません。やられっぱなしでは家業に支障が出ますから」


完結まであと2話です!

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