43.予想外
「……アレクサンドラ?」
ローレンスが厳しい視線を送ってくるが、アレクサンドラには知ったことではない。ポキポキと指鳴らしをしながら、淑女の笑みを浮かべる。
「一年前、資料庫に閉じ込められてこの件の危険性を知った後、囮でも何にでもなると言ったでしょう? 今日がそのときよ。あまり舐めてもらっては困るわ」
そういうと、立ち上がって御者の手を借り馬車から降りる。ローレンスもついてこようとするが、アレクサンドラは視線だけでそれを制止した。
「あのリーちゃんが一人で動いているのよ。私が何もしないわけにいきませんわ。もし私を好きにしたいとお考えなら、私のやり方をわかってくださらないうちはまだまだ門前払いですわね」
告げると、ローレンスはニヤリと笑う。
「痺れる」
「お黙りくださいませ」
「君の言いたいことはよくわかった。それなら護衛と一緒に別の馬車でついていくことは許してもらえるか?」
「……」
さすがに、そこまで止める必要はないだろう。この男には、隠密と言えばあっさりそう行動できる護衛たちがついているのだから。
「絶対に気づかれないようにしてくださるのであれば許可しますわ」
アレクサンドラはそう答えると、振り返らずに馬車から降りたのだった。
通りを渡ると、オフェリーが乗っているという馬車があった。貴族が乗るのにふさわしい豪華な作りではあるが紋章がない。
明らかに、お忍びで出かけるときなどに使われるもので、どうしてわざわざこんなに手の込んだことをするのだろうと不思議に思う。考え込んでいると、御者が扉を開けてくれた。
中からは、オフェリーが明るい笑顔で出迎える。
「アレクサンドラ様! ご機嫌よう」
正直、ここでオフェリー以外の誰かが中から出てくることも予想し、いつでも殴り返せるように臨戦体勢をとっていたのだが、それは不要だったようだ。
「今日はご招待いただきありがとうございます。それで、どうして馬車を乗り換えるのかしら?」
「実は、観劇というのはアレクサンドラ様をお誘いする口実だったんです。目立たないようにしたくて」
「……今日の予定は観劇ではないのね?」
言質を取るべく明確に問いかけると、オフェリーはこくりと頷いた。
「今日は王都の街を回りませんか? 王国経営学を専攻する一人として、アレクサンドラ様と一緒に街を見てみたいんです」
(なるほど。馬車の乗り換えに予定の変更。もしかして誰かを撒きたいのかしら?)
その相手が、アレクサンドラを護衛のために尾行するローレンスでなければいいと願いつつ、瞬きをする僅かの間に判断をする。
目の前のオフェリーはベージュの生地に花柄のドレスを着ている。これは、オフェリーが経営に関わっていると宣言して憚らないドレス工房の新作だ。
意外なことに、オフェリーはあれからずっとそのドレス工房で働き、従業員たちからも高い評価を受けていた。アカデミーでここが自分の店だと偽の噂を流していることだけは許せないが、そのほかは至極まともで勤務態度もよく、機転が利いて本来なら幹部候補だという報告を受けている。
それを思い出して、アレクサンドラは思うのだ。
(危険はあるけれど……彼女が何を考えているのか、本音を聞き出せるかしら)
そう結論づけ、淑女の笑みを浮かべる。
「わかりましたわ。一緒に街を回りましょうか」
「わぁ! ありがとうございます! うれしいですわ!」
オフェリーが大袈裟にはしゃぐ声を聞きながら、アレクサンドラは馬車に乗り込んだのだった。
意外なことにオフェリーとの時間はとても充実したものとなった。当初危惧していたような不穏な出来事は何もなく、それどころかオフェリーは王都の流行をよく把握していて、アレクサンドラに盛んに質問してきた。
アレクサンドラが持論を返せば、それを肯定した上で、別の質問がまた飛んでくる。アカデミーでの、まるで敵対するような姿勢が今日は全くない。
(一体どういうことなのかしら?)
最初は困惑していたアレクサンドラも、次第に警戒を解き、いつの間にか純粋にオフェリーとの時間を楽しむようになっていた。
オフェリーにねだられて、アレクサンドラはリンドバーグ伯爵家が経営するいくつもの商会や工房に連れて行き、事業について説明してやった。オフェリーは店を興味津々に見つめ、時にはメモを取っていた。
一方で二人が乗る馬車はローレンスとその護衛たちによってしっかりとマークされていた。
こんなに厳重な警備は必要がなかったのではないか。もしかして、これは本当に卒業を前にしたオフェリーからの純粋な誘いなのかもしれない、と思い始めていたところで。
ガタンという衝撃とともに馬車が突然止まった。





