42.お出かけ
翌日。
「それで、私はリーちゃんと二人で出かける約束をしたはずなのですが、なぜあなたがここにいらっしゃるのかしら?」
アレクサンドラの心底面倒そうな問いかけに、馬車に同乗しているローレンスは豪快に笑う。
「ははは。たまにはいいじゃないか。学校では日常の報告と授業の話しかしないだろう?」
「いいえ、授業の話もほとんどしていませんわ? 私はあなたに頼らずに卒業するんですもの。誤解を招く表現はやめていただけませんこと?」
「つれないなぁ」
いつも通り掴みどころのない王太子に、アレクサンドラは内心呆れているのを隠せない。
昨日、オフェリーから街への誘いを受けた。詳しい話を聞くと、彼女はアレクサンドラと一緒に観劇をしたいらしく、バティーユ男爵に依頼してチケットも手配済みなのだという。
この三年間、彼女とは顔を合わせる機会が多かったが、キャンキャンと噛み付いてくるばかりで、こうして友人のような関係を築くことはほとんどなかった。
アカデミーの卒業式まで日数がない。おそらく、この誘いは黒幕に強制されたものに違いない。そう思ったアレクサンドラは誘いに乗り休日の街に出てきているのだった。
それをローレンスに報告したところ、彼は馬車に乗って迎えに現れた。
こうして出かけるのは、一年生のときにアレクサンドラが秘密裏に経営するドレスサロンを見に出かけた時以来ではないだろうか。まさか二度目があるとは聞いていない。不満を隠さないアレクサンドラは、ローレンスに剣呑な視線を向ける。
「私はあなたの同行を断ったはずでしてよ? それなのに、まさか我が家に馬車で迎えにいらっしゃるなんて思いませんでしたわ?」
「また君が危険な目に遭わないように、という気遣いだとは思わないのかな?」
「あれからますます鍛えましたから、物理的なことでは頼らないようにはいたしますわ。そろそろ、鍵のかかった資料庫の扉も自力で壊せるぐらいにはなるはずですし」
「ははは」
悔し紛れに告げると、ローレンスはまた楽しそうに笑うのだった。けれど、彼が自分の邪魔にならないよう、しっかり釘を刺しておくことにする。
「いいですこと? 私はこれからリーちゃんとの待ち合わせ場所に向かいますのよ。あなたはくれぐれも馬車から出ないようにしてくださいね」
「ちゃんと理解しているよ? 私と休日に出かけているところを見られたら、これまでの努力が水の泡だもんな」
「わかっているのでしたら、ついてこないでいただけません? そもそも私には婚約者がおりますの」
「ほう。遊び回っていて、全然アカデミーに姿を見せないマルセル君か? アカデミーの特別講師としての特権を利用し、君と婚約を解消したら卒業させてやると交渉しようか検討中だ。向こうにとっても悪い話じゃない」
「!? なんてことを!?」
マルセルは相変わらずオフェリーの取り巻きとして盛んに活動している。そのせいか、アカデミーでの成績は悲惨なものだし、加えて最近では他の家の令嬢との噂も聞こえてくるようになってしまった。
(早くこの男がどなたかと婚約してくれればいいのに)
そんなことを思っていると、御者が扉を叩いて声をかけてくる。
「アレクサンドラ様。オフェリー・バティーユ様よりご伝言で、あちらの馬車に乗り換えましょうと」
「なんですって?」
扉を開けつつ、アレクサンドラは首を傾げる。アレクサンドラたちは、ちょうどオペラ座の前に到着したところだ。よく見ると、前方にバティーユ男爵家の馬車が停まっている。
おそらくこの伝言はオフェリーが乗る馬車の御者がこちらに知らせてきたものなのだろう。御者が指差す方向を見ると、通りの向こうに知らない馬車が止まっていた。アレクサンドラは眉を顰める。
「先方はあれに乗り換えろと言っているの?」
「はい。オフェリー様は既に乗り換えられたようですが、いかがなさいますか?」
「……行くわ」
立ちあがろうとすると、ローレンスは、端的に結論づけた。
「よし。今日はこれでおしまいだ。家まで送る」
「いいえ、私は参りますわ」





