40.告げられる真実
「……私を?」
思いがけない言葉だった。今回資料庫に閉じ込められたのは、アカデミーの不正を追っていたからだと思っていた。あまりにも予想外の内容に目を丸くすれば、ローレンスは淡々と続ける。
「その組織の中での君の評価は異様なものらしい。この国の政治はもちろん、他の国の政治にも影響を及ぼすほどの大きな力があると思われているようだぞ?」
「はぁ? 本当に意味がわかりませんことよ?」
アレクサンドラは顔をしかめたまま、ローレンスに向けて肩を竦めて見せた。
本当に心当たりがない。自分はリンドバーグ伯爵家の財力と人脈を使って、ある程度の事業を経営しているものの、政治に関わったことなど一度もないのだ。
もし好調な商会の運営という側面から間接的に他の国に影響を及ぼすというのならまだわかる気がする。しかしローレンスの口ぶりは、確実に直接政治に影響を及ぼすというものだった。
初めは適当に躱そうとしていたローレンスの表情は、どんどん真剣さを増していく。
「帳簿の件。裏にクラウトン王国があるだろうという話をしたな?」
「ええ、伺いました。あまりにもきな臭いからこれ以上の関与はしてはいけないというところまで」
「恐らく、その帳簿の件とアレクサンドラを狙っている勢力は同じだと思う」
驚くような話だが、一方で心のどこかですんなりと腑に落ちた気もしていた。
真冬の資料庫、しかも翌日翌々日がアカデミーは休みの日という条件で閉じ込められるなんていう偶然はまずありえない。実際に起きたのなら運が悪すぎる。
何より、ローレンスの話が本当だとすれば、なぜか彼が特別講師としてやってきたことに説明がつく。本人はそのことについて何も言わないが、そもそも、王太子がアカデミーの講師になるなんておかしな話なのだ。
最初、アレクサンドラはローレンスが自分を追い回すため講師になったのだと思っていた。その経緯が全く論理的な説明になっていなくて心底不思議だったのだが、自分が命を狙われているとなると、説明がついてしまう。
(リンドバーグ伯爵に命じて私の護衛を増やしたり、アカデミーの警備を強化するよりも、自分がアカデミーに出入りすることが最も安全な対策になるものね。その意味を……認めたくはないけれど)
そして、話を聞く中でもう一つの疑問も湧いてくる。それは。
「オフェリー・バティーユ嬢の奇妙な振る舞いも、この件に関係していますわね?」
「……ああ。君は慈善活動をしすぎて気づいていないようだが、彼女の弟も『リンドバーグの大災厄』に救われた一人だぞ」
「……はぁっ?」
予想だにしなかった事態に、アレクサンドラは目を見開いた。しかしローレンスにとっては、ずっと前から知っていたことのようだ。
「子供の頃、君は修道院で彼女と弟を助けている。その後の支援もしているな。当たり前の日常すぎていちいち相手の名前を覚えていないようだが」
(え……)
その瞬間、地面にうずくまる少年と泣き叫ぶ少女の姿を思い出した。ブローチを盗んだという濡れ衣を着せられていた姉弟。明らかに理不尽な仕打ちを受けているのに、誰も助けに行かないものだからひどく腹が立った覚えがある。できるだけ淑女らしく振る舞うように心がけていたのに、つい本性を覗かせてしまった記憶。
「待ってください。あれがリーちゃん?」
「そうだ」
「リーちゃん、あの境遇からアカデミーにまで……すごいじゃないの」
それは、間違いなく本音だった。
そして、どんなに考えても繋がらなかったオフェリーの不審な行動が少しずつ線で結ばれていく。『アレクサンドラより賢い少女』への成りすましとマルセルへの対応だけはわからないままだったが、それ以外はすべて繋がるのだった。
「リーちゃんのあの言動は私をその組織の監視の目から逸らすためだったりするのでしょうか?」
「その通りだ。どうやら、彼女はこの黒幕に近い存在と関わりがあるようだ。君の情報を横流しするように言われているものの、何らかの理由があって抗っていると見た」
ローレンスだけでなく、オフェリーにまで守られていたとは。
(私だけ温室にいて、本当に馬鹿みたいじゃないの)
そう思えば、いつの間にか怒りの感情が口から漏れていた。
「……私を狙う、って何かしら?」
「ん?」
「私は物じゃないのよ。狙われたからといって、おいそれとそいつの手に落ちる気はないし、あなた方が心配するみたいに、怯えて暮らすわけもないのよ。コントロールされてたまるものですか」
「……アレクサンドラ?」
ローレンスが満面の笑みを浮かべて首をかしげている。けれど、アレクサンドラはさらに続けた。
「いいじゃないの。アレクサンドラ・リンドバーグを狙いアカデミーでの生活を邪魔するなんて良い神経してるわ。いいわ。囮になってあげようじゃない。」
ついさっきまで、冷え切っていたはずの体に怒りで熱が戻ってくる。自分の人生を誰かの好きなようにされるなんて、不本意すぎるのだ。そもそも、それをあっさり受け入れられるタイプだったら、ここで模範的な淑女など演じていない。
数秒の間、真剣な顔でアレクサンドラを見つめていたローレンスは、片手で額を抑えるとうつむいて笑い始めた。
「……っ。はははっ。これは面白い。確かにそうだな。……だから、君を巻き込みたくなかったんだよ」
「その言い分も独りよがりすぎますわよ。相談していただかないと。巻き込まれるかどうかは私が決めることですわ」
腕組みをして令嬢らしく宣言すれば、ローレンスは堪えきれないという様子で精悍な眼差しを向けてくる。
「ますます君に惚れ込みそうだ」
「はぁっ⁉︎」
ちょうどそこでリンドバーグ伯爵家からの使いが学長室の扉を叩き、話はおしまいになったのだった。
三章はここまでです!
明日から9/1まで、1日1回20時更新になります!
完結は変わらずに9/4予定です。





