38.助けに来たのは
二人は資料庫の中をくまなくあらためた。なにか暖を取るための暖炉があればと思ったが、見当たらないし、隠し扉のようなものもない。やはり入ってきた扉が開くまで待つしかないようだ。
「後は、本の背表紙に入ってる鉄芯を使って、鍵を壊す方法が考えられるけれど、残念ながらこちら側に鍵穴はないのよね。外からしか開かない状態」
二人はため息をつくとそばにあった椅子に揃って腰掛ける。
「地べたに直接座る必要はないから、思ったほど冷えないわね。自己暗示で乗り切れる気がしてきましたわ」
「ご令嬢なのに本当にあなたは頑丈ですね。お父上がしょっちゅうお腹を抑えている理由が今はっきりとわかりましたよ」
二人とも気丈に話してはいるものの、気がつけばここに入ってから五時間は経っていた。強がってみせているものの、正直寒さでどうにかなりそうだ。
「ここに来たのが、夕方の四時ごろだったかしら? そろそろ私たちの家のどちらかで戻らないと騒ぎになっていると良いのだけれど」
「可能性があるのはこちらですね。この資料庫に来てから、あなたの普段の行動を少し拝聴しただけで、ちょっとやそっとでは周囲が驚かない事は理解しましたから」
「否定できないのが悲しいわね……やはりもう少し普段からおとなしくしておくべきだったわ」
アレクサンドラは、かじかんだ手に息を吐きかける。息が白い。さっきから努めて気をつけてはいるものの、体や声も震えていた。気持ちはしゃんとしているのに、どうにもならないことがあるのだと理解する。
「本当は私の上着をあなたにお貸しするのが紳士としての振る舞いかとは思いますが、どうしてもローレンス殿下の顔が脳裏に」
「それでいいわ。そのまま私のほうに出てこないようにしてくださいます?」
軽口を交わし合うものの声が小さくなっていく。なんだか眠くなってきてしまった。体の震えも止まり、睡魔が訪れる。
(だめよ。寝てはいけないわ)
これは、生理的に危機的な状況なのだ、とわかっているのに止められない。アレクサンドラの様子にシリルも気がついた様子だった。丁寧な敬語が崩れる。
「……おい? おきろ! アレクサンドラ嬢!」
「……え、ええ……」
やっとのことで応じるものの、体が動かない。手足の感覚もない。シリルがアレクサンドラの肩を抱いて揺さぶっているが、その感触すらわからないのだった。
「くそっ」
シリルが傍の書架から一冊の本を取り出して、ページを一枚破りくしゃくしゃとする。そして、アレクサンドラが椅子に置いていたオイルライターを手に取るのだった。
「どちらにしろ死ぬのなら、一酸化炭素中毒にならない方に賭けるべきだ」
やっと本を燃やす気になってくれたようだ。薄れゆく意識の中で、アレクサンドラは判断が遅いわねと思う。
チャリン、とオイルライターを発火する音が響いた瞬間だった。
ずっと閉まりきっていた資料庫の扉の鍵が回る音がした。
ガチャン。
「!」
シリルが息を飲んだ気配がする。ほどなくして扉が開いた。
「誰かいないか……アレクサンドラ⁉︎」
それは供を従えたローレンスだった。
もう絶対に開くことがないような気がしていた資料庫の扉が開いたことと、普段あまり会いたくない相手の顔を見て、ほっとしてしまったことの両方とも理解できなくて、アレクサンドラは重いまぶたをゆっくりと動かす。
「おい、何があった⁉︎」
ローレンスはそう言いながら自分が着ていた外套を脱ぐと、アレクサンドラに羽織らせる。それからアレクサンドラの体を支えた。
「彼女と二人でここの資料を読んでいたら、外から鍵をかけられてしまい、閉じ込められてしまったようで」
シリルがやっとのことで状況を説明する。一方のアレクサンドラは何も言葉を紡げないのだった。
(すっかり冷え切って、体が動かないわ……)
「アレクサンドラ! しっかりしろ」
自分を覗き込む、ローレンスの顔色は真っ青だった。いつもあんなに自信満々なこの男が、なぜこんな表情をしているのだろう。ぼうっとそんなことを考えていると、ふわりと体が浮く。
自分のことをこんなに軽々と持ち上げているのに、手はひどく優しい感じがした。これは誰の手なのか。その答えを得ることはないまま、アレクサンドラはそのまま目を閉じたのだった。
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