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【完結】無敵の才女【書籍化・コミカライズ】  作者: 一分咲
三章

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37/52

37.冬の資料庫

 シリルの不機嫌そうな声がする。


「どうしたのでしょう?」

「いえ、鍵がかかっていて」

「え?」


 そのままアレクサンドラも扉を押してみたが、確かに全くびくともしない。


「ここに来たとき、鍵をかけたかしら? ですが、鍵なんてそもそも見当たらないですわね」

「はい。というか扉を開けっ放しにした覚えがあります。女性と二人ですから」

「ええ」


 二人は疑われるような関係では全くないが、出世優先のシリルがローレンスから妙な誤解を受けないよう細心の注意を払っているのが通常だ。


 では、なぜここの扉が閉まり、しかも鍵までかけられているのか。


「……もしかして、アカデミーにしかない鍵で施錠されてしまったとかですか?」

「あ」


 そういえば、と、外には二つの鍵穴があったことを思い出す。講師や成績優秀者の生徒に渡されるものとは、別の鍵。けれど、あれは長期休暇のときにのみ使われるものではなかったのか。


 初めて成績優秀者のピンバッジをもらったときに説明を受けたはずなのだが、記憶違いだったのかもしれない。


「困りましたね。ここはアカデミーの中のはずれで、なかなか人が来ない場所です。しかしいまはもう多くの利用者が帰宅した後です」

「しかも明日は週末だわ? アカデミーには誰も来ませんわよね」


「「…………」」


 しばしの沈黙の後、アレクサンドラとシリルは大声を出しながら扉を叩いた。


「誰か、誰か誰かいませんか!」

「資料庫の中にまだ人がいますわ!?」


 しかし、どこからも返事はない。薄々勘付いてはいたものの、一通り叫び終えた二人は目を合わせて沈黙する。


(想像以上にまずいわね)


 ここに来るまでの間、窓の外には雪がちらついていた。いつも通りなら、この後さらに寒くなり、明け方には凍ってしまいそうなほど冷えるはずだ。


 王都のはずれ、貧しい人々が住む地域では、この時期は道端で寝て凍死した話が聞こえてくる。ここは屋根のある資料庫ではあるけれど、古い石造りの建物で、底冷えがする。


 それでいて二人ともただの制服姿なのだ。温かいコートも毛皮も何も持っていない。そして、夜を乗り切ったところで、この後二日間は助けてもらえる見込みもない。


「……私は今日に限って迎えを断っているのです。そちらはいかがですか? さすがにご令嬢に迎えが来ないなんてことありませんよね」


 シリルの言葉に、アレクサンドラはふんと鼻で笑う。


「残念だけれど、今日は近くにあるリンドバーグ商会の店舗に寄ってから帰る予定になっていたの。しかも、迎えは夜遅くの予定だったわ。その店には、事前に私が行くと知らせを出していないし、私の不在に皆が気がついて騒ぎ始めるのは、おそらく日付が変わる前ね」

「「……」」


 あまりのまずさに、二人とも絶句する。


「アカデミーの不正を暴いて隣国を凍りつかせる前に、私たちが凍り付きますね、物理的に」

「冷静に面白いこというのやめてくれません?」

「いえ、真面目ですよ。死んだ後も腐敗が進まないことだけいいと思う程には」

「……」


 事態は最悪だった。アカデミーの端にある資料庫に閉じ込められ、おそらく二日後まで人は来ない。しかも季節は冬だ。外には雪が降っていて、このままでは凍死してしまう。


 自分たちの状況が極めて危機的なものだと判断したアレクサンドラは、制服のポケットから鉄製の小さな小瓶を取り出した。


「ちょうどいいものがあるわ、うちの商会で最近扱うようになったオイルライターよ」

「父が購入していたので知っていますけど……」


 顔を引きつらせたシリルに、アレクサンドラは微笑んでみせた。


「ねぇ、ここには燃えるものがたくさんあるでしょう?」

「!? はぁっ!? だめです。どれも貴重な資料です。というか本を燃やすなんて思考自体が有り得ません」


「普通なら確かにそうだけれど、命と天秤にかけてどっちが大事なのかしら? さすがにアカデミーの歴史を作ってきた貴重な資料を燃やすわけにはいかないけれど、入り口のほうにあるのは最近の講義の記録でしょう? 簡単に作り直せますわ、問題ない」


「……あなたという人は……。しかも割と正論なのがこわいですね。リンドバーグの大災厄。力の調節ができないという物理的な理由なのかと思っていれば、やはり中身のことでしたか」

「当たり前でしょう? じゃなければこんな二つ名、つかないわよ」


 そう応じながら、アレクサンドラは周囲を見回しこの資料庫の構造を確認する。天井は高く十分な広さもある。加えて石造りのため燃えにくい。しかし。


「窓がないわね。入り口付近に、鉄格子付きの窓が一つだけ。これじゃぁせっかく本を燃やし、暖をとっても一酸化炭素中毒になるわね」

「思い出してくださって何よりです」


 そう応じたシリルは、間違いなく自分の命よりも本のほうに重点を置いている気がした。


「それなら、何とかしてここから出られないか。もう少し調べてみましょう。」


※念のためお知らせしますが、プロローグでわかっている通り、凍死しません。



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