34.はじまりは勘違い
アカデミーに通う女子学生は数えるほどしかいない。そのため、自分に白羽の矢が立ったのだというのはわからなくもないが、なぜその中でも自分なのか。
不思議に思ったオフェリーだったが、他の女子学生との違いを考える中で、恐ろしい考えに行き着いた。
それは、男が着ているシャツのポケットに、白い糸で目立たないように小さな花の刺繍がしてあったことを思い出したことがきっかけだった。
それはクラウトン王国の象徴であるグリニー山脈の麓にしか咲かない花、レイルフラワーのモチーフ。その花は国民にとっては特別な存在だと、療養していたティムが言っていた。そこで気がついたのだ。
――あの男はクラウトン王国の関係者で、ティムを辿って自分にたどり着いたのではないか。と。
(私たちきょうだいを助けてくれた彼女が持つ家名が『リンドバーグ』というのは覚えていた。あの頃、貴族の家名なんてさっぱりわからなかったけど、それだけは忘れなかった)
アカデミーからの帰り道。これまでのことを回想するオフェリーの表情は暗い。それほどに、これが重要で難しい任務だとわかっている。
(私は男からの依頼を受けることにした。というか断る選択肢はなかった。どんなことでも、アレクサンドラ様に関する情報を手に入れたら横流しするのが私の仕事。他にもまだアカデミーの中に協力者がいるみたいだけど、誰なのかは知らない)
気は進まないが、適当に依頼をこなせばいいだろう。周囲の顔色を窺いながら、適当にやり過ごすのは自分の得意分野だ。自分と弟を救ってくれた恩人の迷惑にならないぎりぎりのところで依頼をこなせばいい。
そんな風に思っていたはずが、アカデミーへの入学を目前に控えたある日、突然風向きが変わった。アレクサンドラの情報を調べたらしい男は、急にぽろりとこぼしたのだ。
『彼女が使えそうなら、彼女もお前のようにこちらへ引き込みたい』と。
この国で群を抜いた才女であり淑女でもある彼女が、こんな得体の知れない人間たちに好きにされるはずがない。助けてくれる味方だって大勢いるはずだ。
そう思うものの、彼らの背後にはクラウトン王国という大きな力があるのかもしれないと思うと、焦りを感じた。
その日、オフェリーの目標は変わった。適当に依頼をこなしてアレクサンドラに火の粉が降りかからない程度に振る舞おうと思っていたものが、自分があの淑女を守らなければという決意になったのだ。
彼らはアレクサンドラを攫って自分たちの仲間に引き入れようとしているようだが、早い話、彼女にそんな価値がないと思わせればいい。
恩人に濡れ衣を着せたり評判を貶めることは気が進まないが、わけのわからない組織で一生こき使われたりするよりは絶対にいいだろう。
彼女は理想的な淑女だ。ものすごく賢く、あらゆることに長けているけれど、さすがに物理で来られたら勝てないだろう。
どんなに凛として美しく聡明でも、結局はか弱い淑女なのだから。
(でも意外だったのは、アレクサンドラ様が意外と動じないことなのよね。私の方が賢いという噂を流したり、不正入学ではないかという噂を立てても、あまり動揺していないように見えるわ。ただ表情に出していないだけなのかしら)
オフェリーにとって、アレクサンドラの評判を下げることは彼女を救うことである。だから、積極的に自分が表に立って彼女を貶めるようなことをしている。
そこに自分が賢いという噂を絡めれば一石二鳥。オフェリーは将来、独立して弟ティムと一緒に豊かな暮らしができるし、一方のアレクサンドラは変な組織に狙われることなく、平穏な人生を送ることができる。
自分が悪役になってでも、恩人を救いたい。そんな思いだったが、最近では自分の人生のほうにウェイトを置いてしまっていた自覚はあった。
(アカデミック・ソワレや年度末試験では本気で彼女と争ってしまったけれど……逆にそうしていることで、あの男たちを欺けていると思っていたわ)
それが、まさかアレクサンドラと王太子が個人的に親しかったなんて。
背筋が寒くなる。もし彼らが本当にクラウトン王国の手のものだったとしたら、アレクサンドラは格好の餌食に違いない。
彼女を拉致すれば、王太子やこの国への交渉材料として使えるからだ。
王太子が彼女を守ってくれればいいが、それは難しい気もする。相手は国だ。オフェリーへの依頼の方法からもわかるように手段を選ばない。できれば、恩人に対してここまでやるのは避けたかったが、もう仕方ないだろう。
「正式な場を設けて、彼女の評判を地に落とす必要があるわ。きっと私は王太子の怒りを買うことになる。それでも、大衆の前でアレクサンドラ・リンドバーグを貶め、標的から外させるの」
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