33.因果
「使われている石はピンクスピネルですわよね? 太陽の光を受けてきれいに輝いているわ。そんなものを身に付けている方がいたら、私が気づかないはずがないですもの。そうでしょう?」
(なぜそんなふうに言い切れるの?)
令嬢はなぜか堂々と自信を持って言い放つ。オフェリーは不思議に思ったが、ポメロイと呼ばれた二人の姉弟は黙ってしまった。
もしかしてこの令嬢は、そういうものに詳しい人なのかもしれない。彼女は完璧な笑みを浮かべて続ける。
「お父様は融資の可否を判断するにあたり、人間を最も重視しますわ。私刑で正義を押し付けるポメロイ子爵家が、卑しい金貸しで平民を相手に商売するリンドバーグ伯爵家に助けを求めることはないでしょうけれどね」
「な、言わせておけば!」
さすがに我慢できないと、弟は令嬢に食ってかかろうとする。しかしそれを姉が止めるのだった。
「……ギデオン黙って。うちはリンドバーグ伯からお金を借りてるわ……」
「ええっ⁉︎」
「い、行きましょう。もう帰るわよ」
「姉様」
ポメロイ子爵家の姉弟は、目を泳がせたまま形ばかりの謝罪をすると、その場を離れていってしまった。それを見送る令嬢の瞳は呆れているように見えた。そうしてため息をつく。
「貴族の風上にも置けない奴らね」
彼女に相応しいとは決して思えない言葉遣いに、オフェリーはぱちぱちと瞬いた。いやそんなはずはない。自分の聞き間違いなのだ、と結論づける間に、令嬢は「あ、いけないわ。つい素が」と呟く。
そして何のことなのかまるでわからないオフェリーの手をとる。
「こちらもすぐに手当をさせましょう。一緒に来て」
「あ、ありがと。弟も、私のことも」
「当然のことよ。あなたたちを支援するのが私たち貴族の義務だもの。あなたは何も気にせず受け入れるのよ。いい?」
オフェリーは呆然としたまま、こくこくと頷くばかり。さっきまでオフェリーがお姫様だと思っていた令嬢たちは一体何だったのだろう。そう思ってしまうほどに、彼女は『本物』だった。
(こういう人と言葉を交わす機会があるなんて想像もしなかった、けど、)
この日の彼女の姿は、今でも脳裏に焼き付いて消えていない。
完璧な令嬢からの助けは、これでは終わらなかった。
修道院から出る時、家の位置を聞かれたのだ。隠す理由もないのですんなり答えると、翌日には彼女の手の者がオフェリーたちの暮らすあばら家までやってきた。ふかふかのパンのほか、日持ちする食料が入った籠に、きょうだいは目を丸くした。
けれど驚いたのはそれだけではない。なんと、その使いはティムを隣国で療養させないかと言い出したのだ。
確かにそういう話を聞いたことはあった。隣国のクラウトン王国は自然に恵まれた豊かな国で、一部の貴族や大富豪の間では静養の地として有名なのだという。
特に、体が弱い者は長期でクラウトン王国を訪問し、美しい空気の中でゆっくり過ごすことで体を強くするのだとか。母親に聞いてオフェリーもなんとなくは知っていたが、自分たちには完全に無縁の話だと思っていた。
けれど、あの令嬢はティムのために隣国で療養する費用を出してくれるらしい。
「どうしてそんなことを?」
問いかければ、使いの者は「これがお嬢様の日常です」とだけ微笑むのだった。
こうしてティムは、クラウトン王国へ行くことになった。オフェリーも一緒に行ってはどうかという提案があったが、さすがにそこまで人を頼るわけにはいかない。
弟と離れるのは寂しい。けれど、病を悪くして一生会えなくなるよりは遥かにましだ。オフェリーはティムが元気になって戻るのを待つことにしたのだった。
そして、そのとき決めたのだ。
――次からはもう人に頼らない。自分で弟を守れるよう、強くならないといけない、と。
目標を持ったオフェリーの行動は早かった。
普段から容姿を褒められることが多かったオフェリーは、すぐに友人の家に入り込み商会へ入り込み、男爵家の養子となった。
目標は、将来、弟と不自由なく暮らせるような仕事に就くこと。そして、理不尽な目にあっても跳ね返せるような後ろ盾を得ること。
男爵家で当面の居場所を手に入れたオフェリーは、必死で勉強してアカデミーへの入学を決めた。アカデミーへの入学が決まったとなれば、ほぼ就職も勝ち取ったに等しい。
王宮への出仕や国家機関への就職は成績が優秀でないと叶わないが、アカデミーに入っただけで世間の見る目は変わる。給金のいい仕事が選び放題だし、何よりも家格を上げることができる。
バティーユ男爵が『これでうちの家は安泰だ』と豪語するのも当然だった。
けれど、オフェリーにとってバティーユ男爵家というのは一時的な居場所にすぎない。アカデミーに在学する間だけお世話になったら、これまでに支援してもらった資金を全部返し、もっと違う場所へ行くつもりでいる。
今の当主こそ、まともな感覚を持ち人望があるが、子供たちはそうではないとオフェリーは見抜いていた。彼らの影に隠れてこき使われる人生はまっぴらごめんなのだ。
(それに、ティムが居心地悪そうにしているもの。せっかく元気になって起き上がれるのに、足音を気にしてベッドの中にいなきゃいけない家に長居はしないわ)
目標まであと少し。そんなふうに思っていたところで。
アカデミーに合格し、男爵に頼み込んで弟をクラウトン王国から呼び戻し、屋敷の一室を間借りして暮らすオフェリーを、見知らぬ男が訪ねてきた。
その男は言った。
「願いを叶えてやる代わりに、アカデミーに入学したらアレクサンドラ・リンドバーグの近況を報告する間諜を務めてほしい」と。
オフェリーはもう十歳の弱く儚い少女ではない。言われるがままその日を生き抜くために、悪人の言いなりにはならない。
けれど、この依頼を断ったら自分は消される可能性があることまで想像した。状況を理解して顔色を変えたオフェリーに、男は言うのだった。
「なに、そんな大層なことじゃない。彼女は学園の中でどんなふうに過ごしているのか。昼食を誰と食べて、カフェテリアのどの席に座るのか。行き帰りは何時に馬車に乗るのか護衛はどれぐらいいるのか。そういう情報を逐一報告してくれればいいだけだ」
まるで、彼女を攫うための情報を集めるような内容に背筋が寒くなった。けれどこの依頼は断れない。重圧の中で、オフェリーは無邪気さを装って男に問いかける。
「どうしてそんなことをしないといけないのですか? 本人に直接聞けばいいのに」
すると、男は馬鹿にしたように笑うのだった。
「お前は何も知らないかもしれないが、アレクサンドラ・リンドバーグは傾国の悪女であり私たちの切り札だ。私たちの正義のために、お前はただ情報を横流しすればいい」




