3.子犬のような男爵令嬢
ますます気を引き締めて、淑女でいなければいけない。そんなことを考えていると、かわいらしい声とともに肩を叩かれた。
「アレクサンドラ・リンドバーグ様?」
振り返ると、そこには清楚な外見をした令嬢がいた。銀色のサラサラとした髪にまんまるのローズクオーツの瞳をした、愛らしい令嬢である。
「はい。確かに私はリンドバーグ伯爵家が令嬢、アレクサンドラですわ。……あなたは?」
嫌なことを思い浮かべたせいで歪んでいた表情を淑女らしいものに戻したアレクサンドラは、穏やかに問いかけた。すると、彼女の表情が一気に綻ぶ。
「やっぱり! さっき、壇上で新入生代表挨拶をしているのを見てかっこいいなぁって思ったんです! 私はオフェリー・バティーユです。あなたと一緒にアカデミーで学べるなんて夢みたいです!」
「数少ない女子学生の同士として、よろしくお願いいたします」
そつのない笑みを浮かべると、オフェリーと名乗った彼女はアレクサンドラの手を取って可憐に微笑んだ。
「新入生代表挨拶をされていたということは、アレクサンドラ様は入学試験で一位を取られたんですよね? ブランヴィル王国でも特に優秀な方が集まるアカデミーで首席入学なんて本当に素晴らしいです!」
「ありが……」
「でも、私も男爵家の出身なのに成績優秀者だったんです!」
戸惑いつつも形ばかりの返事をしようとしたアレクサンドラを、オフェリーは無邪気に遮った。
「まさか、男爵家の私が入学試験で成績優秀者に選ばれるなんて、信じられなくって! 夢みたいだなって驚いてしまいました!」
無邪気に笑っている彼女に向け、アレクサンドラは淑女らしく微笑む。
「おめでとうございます。オフェリー様が努力された結果ですわ」
「え」
彼女への素直な賞賛だったはずが、オフェリー・バティーユはなぜか固まった。そして、つい今までの賑やかさを引っ込め、戸惑い同情するような表情を向けてくる。
「……アレクサンドラ様はそのようにお思いなのですね。ですが、実は世の中ってそれほど公平でも公正でもないんです。それを恵まれた方に理解するのは少し難しいことかもしれません」
かわいらしい声で紡がれる言葉はとても耳に心地いい。けれど、よくよく聞いてみると彼女はとんでもないことを言っているのだった。
(まるで、私がリンドバーグ伯爵家の令嬢だから首席を取れたと言っているみたいね)
入学試験の結果は点数化されて公表されている。不正で一位を取ることなどありえない。現に、過去の入試では名門でも何でもない家の子息が首席を取っていたりする。
だがしかし、こんなふうにわかりやすく敵意を向けてくる令嬢に出会ったのは初めてだ。思わず感動して反論しないアレクサンドラに、満足げな笑みを浮かべたオフェリーは愛らしい仕草で手を振り去っていくのだった。
「私たち、いい友人になれそうですね! またお会いしましょうね、アレクサンドラ様!」
(これまでに出会ったことがないタイプで、かわいらしい……というか新鮮ね)
キャンキャンと吠えている子犬のよう。学友に対してそんなふうに思ってしまったのは申し訳ないが、彼女が遠くで吠えている限り、自分には害はない。
何より、アカデミーではくだらないことに構っている時間はないのだ。彼女は放っておくのが一番だろう。
そう結論づけ、入学式後の熱気が残る構内を初回の講義が行われる教室へと向かうのだった。
教室へ到着した時、すでにアレクサンドラが専攻する王国経営学の教室は満席に近かった。
(式典後にお父様と話し込みすぎたようね)
空席を探すと、幸い一番前の席が空いているのが見えた。よかった間に合った、と席についた直後、授業の開始を知らせる鐘の音がカランカランと鳴り響く。
次の瞬間、ノートを準備するために視線を落としたアレクサンドラの耳にこれまでに聞いたことがない類のどよめきが届いた。声にならない悲鳴で、空気が揺れている。
(? 何が起きたのかしら)
疑問に思い顔を上げたアレクサンドラの視界、壇上には一人の男が立っていた。
黒曜石のように深い艶を持つ黒髪に、何もかも見透かすような透き通った紫の瞳。遠目にその姿を見ただけで、あらゆる造形が整っているとわかる佇まい。
「……え」
それは、この国の王太子ローレンス・ギーソンだった。絶対にここにいるはずのない彼が、なぜここに。
呆気に取られるアレクサンドラの前で、彼の補佐を務めることになるらしいアカデミーの教師が緊張の面持ちで声を張り上げる。
「今年度から、特別講師としてブランヴィル王国の王太子ローレンス殿下がこのクラスを担当することになった! 皆、失礼がないように!」
その言葉に、教室のどよめきはさらに大きくなった。
「嘘だろう……⁉︎」
「あの王太子殿下に直にお目にかかれるとは」
「ローレンス殿下……母上に報告を!?」
全く収束する気配がない大騒ぎの中、全く動じていないローレンスにとってはこの騒がれ方が日常なのだろう。
それどころか、最前列に座っているアレクサンドラに視線を移し、さもたった今知ったかのように、余裕たっぷりに笑うのだった。
「ああ、君もアカデミーに入学していたのか。アレクサンドラ・リンドバーグ嬢?」
(……どうしてここに彼がいるの⁉︎)




