28.彼女の綻び
秋が終わり、冬が来て、また春になった。アレクサンドラは二年生になった。
ローレンスの片腕、ディラン・ランチェスター公爵令息はアカデミーを卒業していき、シリルは三年生になり、王太子は相変わらず特別講師として学長室を占拠している。
アカデミーの不正な帳簿の話は、アカデミック・ソワレの夜以来、一度もしていない。シリルにもローレンスが秘密裏に伝えたようで、シリルとアレクサンドラはそんなことがあったことすら記憶の隅に追いやっていた。
別に本気で興味を失ったわけではない。そうすることが最善だと思ったからだ。
「アレクサンドラ・リンドバーグ嬢。年間を通じて成績がトップだったのか。あのゴールドのピンバッジ、すべての試験でトップを取らないともらえないという話じゃないか」
「それを言うなら、隣のシリル・ブランドナー様が上を行っているよ。彼はゴールドのピンバッジを二つつけている」
「ということは、二年連続でずっと首位? しかも国家会計局からキャリア採用で声がかかっているそうじゃないか。変態……じゃない、天才っているんだなぁ」
そんなざわざわとした声に包まれながら、アレクサンドラはシリルとともにアカデミーの廊下を歩いていた。
「このピンバッジってすごいのね。去年までは、こんなふうに囲まれることはなかったわ」
「無反応を貫けば、いつしか誰も寄ってこなくなりますよ」
「……」
シリルは変態呼ばわりされているのに、全く動じていない。とにかく、人に囲まれない極意をこの春アカデミーを卒業したローレンスの腹心に教えてやりたい気がする。
「アレクサンドラ様」
かわいらしい声に、アレクサンドラは声の主を想像して振り返り微笑んだ。そこには、案の定オフェリーがいる。
「あら、オフェリー様。今年度もよろしくお願いいたします」
そつのない挨拶を向けると、オフェリーは、いつものうるうるとした瞳を引っ込め、冷めた様子で聞いてくる。
「アカデミック・ソワレでの好成績だけではなく、年度末試験でも、多数の先生から満点をいただいていらっしゃいましたね。アレクサンドラ様はさすがですわ」
「ありがとうございます」
皆まで言わないうちに、オフェリーの取り巻きの一人の男子学生が割り込んできた。
「どの試験も、本当はオフェリー様の一位だったんじゃないんですか?」
「あら、どうしてそんなことを思うのでしょうか?」
目を吊り上げて明らかにこちらを敵視している様子に、アレクサンドラは形式的な笑みを浮かべたまま受け流そうとした。新顔の彼は続ける。
「あなたの家は大富豪であり豪商でもあるが、それでいて金貸しだ。表立って明らかにしていなくても、金を借りている人間は多いのでは? それを逆手に取れば、成績を操作することなんて容易いはず」
(彼は確か……ポメロイ子爵家のギデオン様だったかしら? リーちゃんに陶酔する方は日に日に増えていくわね)
周囲を巻き込んでいく彼女のバイタリティはすごすぎる。感動すら覚えていると。
「そのような因縁をつけるのはやめてください!」
いつも通り、オフェリーはそれを制止する。彼女のこういった言動はいつも計算のうちなのだ。誰かにアレクサンドラを批判させて自分は安全なところからそれを見ていて、最後の最後に助けに入る。けれど、今日のオフェリーの様子はどこかおかしい。隠し切れない冷めた瞳をしている。
(どうしたのかしら……?)
あまりにも不自然で二人をじっと観察する。すると、オフェリーはアレクサンドラに謝るのではなく、男子学生に冷たい言葉を重ねた。
「今後、そういうことはしないでください。私が困ります」
「オ、オフェリー様……!?」
踵を返して、アレクサンドラから離れていくオフェリーを男子学生が慌てて追いかける。けれど、オフェリーは全く止まる素振りがないのだった。
それをじっと見つめていたアレクサンドラは首を傾げる。
「リーちゃんって、あんな子だったかしら?」
「人に直接敵意を向けるタイプではないですよね。もちろん、計算した上でです」
シリルも同意する。
「じゃあ、なんであんなことを?」
原因があるとすれば、あの彼だろう。オフェリーの後を追いかけて行ったギデオン・ポメロイについて知っていることを思い出す。
確か彼には年齢が近い姉と妹たちがいて、子供の頃同じ茶会や奉仕活動に参加したときには言いなりだった覚えがある。女きょうだいの中に男一人というのは大変なのだな、と子供心に思った記憶があるため、これは確かだ。
「もしかして、リーちゃんは彼に何か恨みでもあるのかしら?」
「思い通りに動かなかったとかじゃないですか? 私も割と無視されていますけど」
「いや、それはあなたの方が先に無視したのではなくって?」
オフェリーと子爵令息の後ろ姿に首を傾げつつ、二人は遅れて授業へと向かったのだった。
(このエピソードの回収は3話ぐらい先です)




