27.ほんの少しの罪悪感
「……え?」
それは意外すぎる答えだった。
この世の権力の権化のような男に依頼したのだ。それが、全く予想していなかった結果になったことにアレクサンドラは息を飲む。しかし、ローレンスは淡々と告げる。
「この一ヵ月間、あらゆる手を尽くしてこの件について調べた。恐らく、黒幕として隣国クラウトン王国につながるのではと思っている」
「クラウトン王国って、政情不安が囁かれている、あの?」
「そうだ」
ローレンスの瞳は真剣だった。
クラウトン王国。この国とは地続きになっているものの、地理的な問題から船で行ったほうが早い国だ。自然に恵まれていて、観光資源が豊かな国ではある。しかし、極端に他国との関わりを避けている、心理的に距離のある国だ。
彼らは閉ざされた世界で独自の文化をはぐくみ、美しい自然を守っている。観光客こそ受け入れているものの、国単位での交流はない。
それでいて、王族に良い噂を聞かない。今の国王は特に悪名高い上に人望がなく、臣下の傀儡になっているという話も聞こえてくる。
「どうしてその国がうちのアカデミーに関わっているのでしょうか?」
「あの国の内情はかなり物騒だ。常にクーデターの火が燻っている。この件に関わっているのも王族ではなく、誰かクーデターを企む人間だろうな」
背筋が冷たくなった。
「つまりそのクーデターの資金をアカデミーから流していると?」
「ここで決定的なことを口にするべきではない」
しかし、ローレンスの言動はアレクサンドラの言葉を肯定しているも同然だ。
(ということは、クラウトン王国国内でクーデターを企む人間が、アカデミーに入りこんで資金を横流しし、結果としてうちの国がクーデターを後押しするような状態になってしまっていると? 最悪じゃない!)
となれば、これ以上踏み込めないというのは理解できるのだった。国交のない国の正確な内情など調査しようがないし、下手に踏み込んで大きな衝突に繋がるのが怖い。
「申し訳ございません」
不用意な発言をしてしまったことを神妙に謝罪をすると、ローレンスはふっと表情を崩す。
「しかしバルコニーはいいな。こうして話していても、ただ逢い引きをしているようにしか見えない。まさかクーデターがらみの不正の話をしているだなんて、誰も思わないだろう」
「!」
そう言われてしまえば、ローレンスがアレクサンドラに息がかかるほどに近づいていることを咎められない。まさかここまで計算を? と一瞬思ったものの、話している話題が物騒で身の危険に直結するのもまた本当のことだ。
ローレンスは続けた。
「今回の件を調べる中で、リーちゃんの件も少しよくわかってきたよ」
「……リーちゃん、掴めないところが多いのですよね」
「彼女、弟がいるな」
「そんな話を伺ったことはありませんけれど?」
オフェリー・バティーユといえばバティーユ男爵家の娘だ。一部では養子だと言われているが、本人が何も語らないため、その噂を知っている人たちもあまり触れてはいけないことだと思っている。
同じように、彼女の家族に関しても、バティーユ男爵の話しか聞いたことがない。
(リーちゃんのあの性格だったら、もし弟がいれば大きく触れ回るのではないかしら?)
違和感に首をかしげていると、ローレンスが口を開いた。
「彼女の弟は体が弱いらしい。五歳からしばらくクラウトン王国の療養所で過ごしていたという記録が見つかった」
「クラウトン王国の? 確かに自然が豊かで、持病がある方々はあの国でお過ごしになるケースも多いですが、金銭面の援助がないと叶わないですわね。当時からバティーユ男爵の支援があったのかしら?」
「このタイミングで浮上したクラウトン王国絡みの『男爵令嬢』と『不審な帳簿』。この二つが繋がっている可能性は高いだろうな」
ローレンスの推測は確かなものだ。国交のない隣国の名前が同時に浮上して、その二つに関係がないというほうがおかしい。
(リーちゃんの不思議な動きはそのせい?)
「アカデミーに入学が決まった後、クラウトン王国の革命派がなんらかの目的を持ってリーちゃんに近づいたということよね。帳簿の書き換えでもさせたいのかしら。内部に協力者がいるのに?」
真剣に考え込むアレクサンドラに、ローレンスは王太子らしい声音を向けるのだった。
「とにかく、これ以上の詮索は不要だ。いいな?」
「――承知いたしました」
正直、ここで引き下がるのは癪だ。けれど、王太子がこれ以上の関与を拒むのだから、到底自分の手に負える内容ではないのだろう。大人しく頭を下げると、ローレンスはホッとしたように息を吐いた。
そして。
「――オフェリー嬢の弟について、特に記憶はないか?」
「?」
まるで自分も知っているような問いに、眉間に皺を寄せる。その反応を見たローレンスは苦笑するのだった。
「なるほど。君はそういうところが本当に国母にぴったりなんだよな。慈善活動に慣れすぎていていちいち覚えてないところが」
「は? 全く意味がわかりませんことよ? それに、いい加減息をするようにその話題に繋げるのはやめていただけません?」
「ああ、すまなかった。ははは」
いつも通り笑ったローレンスは、一歩近づき、アレクサンドラの顔を覗き込む。
「さて、報告も終わったことだし、ご褒美をもらおうかな」
「はぁ? 本気で仰っているのかしら?」
「頬にキスぐらい、減るものではないだろう?」
「減りますわね。ただでさえ低いあなたへの好感度がさらに減って、顔を見ただけで何かを握りつぶしたくなる可能性が」
真剣に説明すると、ローレンスはスッと表情を変えた。
「それはリンドバーグ伯爵夫妻の体調が心配になる。やめておこうか」
「……はい、そうしていただけると」
あっさり引き下がってくれたことで、本当に人目を避けて報告がしたかったため、ここへ連れてきたのだろうと察する。こういうところは紳士だ。
そんなことを考えていると、ローレンスは出口に視線を送る。
「バルコニーからは君が先に出るといい」
「なぜでしょう? 殿下が先の方が、そのまま注目を持っていってくださるからいいのでは?」
「だめだ。それでは、私の密会相手は誰なのだと出待ちするものが出てしまうだろう? 一方、君は堅物令嬢だ。ここで誰かと密会をしていたなんて誰も思わないよ」
「……」
いつもながら、自信がすごすぎる。それでいて、その分析はかなり正確に当たっているのがなんともいえない気持ちになった。
アレクサンドラは一歩引いて一礼すると、踵を返してバルコニーを後にする。カーテンのところで一度振り返れば、シャンパングラスを手に夜の庭を眺めるローレンスの横顔が視界に映る。
濡羽色の髪を夜風に靡かせ、オーラのように漂う精悍な雰囲気は、彼の本性を知らなければうっかり見とれてしまいそうなほどに美しい。
(私をあそこまで止めるということは、ご自分もかなり危ない橋を渡ったということ)
何でも余裕でこなす男が潔く引く姿を初めて見た。その後ろにある、一ヶ月間の調査期間を想像すると、なぜかお腹の奥の方がもやもやとする。
ローレンスの『ご褒美』は自分への揶揄いのようなものだとわかっている。けれど。
(……頬にキスぐらいしてあげればよかったかしら)
言葉にし難い複雑な気持ちを抱えて、アレクサンドラは大広間に戻ったのだった。
二章おしまいです!
ここまで投稿してしまいたかったので投稿頻度高かったのですが、次から1日2回更新になります。
次の更新は20時です。
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この物語単独で十分に違和感なくお読みいただける構成にしていますが、無能才女の読者様にはキャラクターを楽しんでいただけていたらうれしいです。




