24.才媛アレクサンドラ
「――そのショップは、この研究のために興したわけではありません。以前から関わってはいましたが、今回のアカデミック・ソワレでの発表にふさわしいと思い、設立からの経緯を明らかにすることにいたします」
案の定、それはアレクサンドラが匿名で経営する店の話だった。
「――私たちがターゲットとしたのは、実際に既製品を見てイメージを膨らませながらドレスを作りたい富裕層の女性です。今回のケースでは、自立した強い女性を想定しています。流行にも敏感な層ですから、最終的にはこの店が流行の発信地となるように育て上げる狙いがあります。また、工房にショールームを設けて顧客に足を運ばせることでコスト削減を実現しました」
オフェリーのかわいらしい声が大講堂に響き渡る。客席からは、
「もしかして、その店って」
「貴族令嬢がお忍びで経営に関わっているという噂の工房があったな。ショールームも併設されている」
「人気店じゃないか。まさか、その貴族令嬢って彼女!?」
というような声がざわめきに乗って聞こえてくる。アレクサンドラは穏やかに耳を傾けるばかり。どんな事業でも、後付けでならどうとでも総括できる。その観点でいえば、オフェリーはかなりのズルをしている。けれど、不思議と悪い気はしないのだった。
(リーちゃん、あの店をそんなふうに分析しているのね。悪くないじゃない)
腕組みをしながら聞いていると、隣に王太子兼臨時講師の男が立った。
「あれはなんだ? 目障りだな」
「そうでしょうか? なかなか的を射た分析だと思いますけど。潜入して、アルバイトとして使われているだけでそこまで考えられたのだとしたら、悪くありませんわ」
「君は本当になあ」
隣の男が苦笑している。声音が柔らかい感じがして、子ども扱いをされているようで癪だが、一瞬心地いいと思ってしまった。そんな自分に驚いて、アレクサンドラは咳払いをする。
「……けれど彼女、私が目標にしている人になりすまそうとしているのは許せませんわ。家庭教師に私より上だと思わせたのは『その才女』の功績であって、リーちゃんではありませんもの。さすがにそこまで手に入れようとするのは分不相応というものでしてよ」
ついさっきまで、彼女が自分を乗っ取ろうとしていることはどうでもよかったはずなのに、『自分より賢い少女』のことを思い出したら、怒りが湧いてきた。
自分がペンを持っていないことを確認したうえで、拳をぎゅっと握り締め、怒りを逃す先を探していると、壇上ではオフェリーの演説がヒートアップしていく。
「――このようにして、私たちは実際にドレス工房を経営し、大きな利益を上げました。私たちが作るドレスは社交界で大きな話題となり、多くのご婦人方に愛用いただいています」
そんな言葉を聞いて、講堂内にざわりとした空気が流れる。嘘で塗り固められたオフェリーの発表を皆が信じていく。スピーチを続ける彼女は誇らしげだ。それがまた、皆の錯覚を深めていく。
それを見ていたローレンスが吐き捨てるように言うのだった。
「いいか? 自分さえ正しいことをしていれば、報われる? 誰かがどこかで見ていて気づいてくれる? そんなの幻想だろう。ああいう手合いにはそんな夢物語は通用しない。だから徹底的に潰さないといけない」
そうして、続けた。
「彼女が経営に関わっていると匂わせた店は、君のものだと壇上で発表するのも悪くないな?」
「ご冗談を」
ローレンスの言葉を切り捨てたアレクサンドラは不敵に笑う。
「そんなに安っぽいことはしなくてよ。確かにそうかもしれませんわね。でも、あなたの手は借りません。私は私のやり方で徹底的に潰させていただきます」
順番は、一時間ほど後にやってきた。アレクサンドラの順番は一年生の中で最後である。壇上に上がったアレクサンドラが、成績優秀者のピンバッジをしていることに気がついた聴衆は、興味深そうな視線を送ってくる。
「私が発表するのは『シルク工場のシステム化による市場拡大戦略』ですわ」
――シルク工場?
――工場? あの才媛が?
そんな声が聞こえた。けれどアレクサンドラは続けた。
「皆さんがご存じのように、我が家の家業の中には、ドレス工房を始めとした商会の経営が含まれています。しかし市場は既に飽和状態。原材料も工房も生産できる数には限りがあり、限られた顧客を奪い合う状態が続いています。そんな中で私はシルク工場を作ることにいたしました」
大きなどよめきが会場を包み込む。しかし、アレクサンドラはそのざわめきに耳を傾けない。
「我が領地内に養蚕から織布までのすべてを一括でまかなえる工場を作りました。工場には最先端の機械を導入し、最も効率的な形で生産ができるようになっています。これによってシルクの安定した供給が可能になりました。本研究は、従来の衣服製造における最大のボトルネックであった原材料調達のタイムラグを解消する理論を実験として行なったものです」
会場にはアカデミーの学生だけでなく来賓や聴講者もたくさんいて、彼らが息を飲む気配がする。
「加えて、白地のシルクの布を大量に生産し、流行に応じて後から布を染めるという技術も採用しました。これで原材料の供給はさらに効率的になり、安定します。富裕層の購買頻度の加速と、新興階級への普及を同時に達成することになります」
――なんだって?
――それはすごいな。
――急に工場の話を始めたから何かと思えば。
次第に、会場はそんな声に包まれていくのだった。アレクサンドラはその中で発表を続け、最後にこんな言葉で締めた。
「このシステムが普及すれば、絹製品を誰もが持てる日が必ず来ます。そしてそれは市場の拡大につながり、結果としてこの業界が永らえることになりますわ」
全部言い終えると、大講堂の中はしんとしてしまった。
その後でどこからともなくパチパチと拍手がまばらに巻き起こる。それはすぐに会場全体に広がり、束となって、アレクサンドラを包み込んだ。
ほっとしつつ一礼して壇上を後にする。
舞台袖では、発表を見つめていた学生たちが声をかけてくるのだった。
「さすがアレクサンドラ・リンドバーグ嬢。考えている視点がまるで違うじゃないか。例年、一年生の発表といえば基礎に留まるものが多いが今年は豊作だな」
「考えたところで、普通は実行できない。ご自分の立ち位置をよくお分かりになった。非常に有益な研究成果の披露だったな」
「いち商会の経営を軌道に乗せる類の発表もあったが、全然格が違いましたね」
その言葉は、おそらくオフェリーのグループのことを指しているのだろう。全く悪気は感じられないが、周囲の学生たちの表情を見ても、皆がオフェリーの研究成果とアレクサンドラの発表を比較しているのは、見るからに明らかだった。
「アレクサンドラ・リンドバーグが考えるのは、自分の利益ではなく業界全体の繁栄か」
ローレンスが感心したように、拍手をしながら話しかけてくる。アレクサンドラは淑やかな笑みで応じるばかり。
「そんなに高尚なものではありませんわ。王国経営学とはこういうものでしょう。先生?」
「あはははは。君は本当にいい性格をしているな」
ローレンスの盛大な笑い声が舞台から漏れ、大講堂内に響き渡る。誰の性格が問題なのか。流れからみると確実にアレクサンドラに問題があるのだが、誰も淑女に対してそんなことを思わない。
大講堂にいた全員が完璧な王太子ローレンスの奇行に戸惑ったのが、一年生のアカデミック・ソワレのハイライトとなった。




