23.演説と称賛と
それから一ヵ月。アカデミック・ソワレの日がやってきた。
この一ヵ月間、アレクサンドラはいつも通り学長室に顔を見せたが、ローレンスは不在にしていることが多かった。
事務員によると、どうしても外せない用事があって王宮に行っているらしい。おそらく、これは自分とシリルからの依頼絡みなのだろう。すぐにわかったものの、これ以上関わるなと言われているし機密事項にあたるため、突っ込んで聞くこともできない。
(何かわかったら報告してくれるでしょう)
そんなことを考えて、アレクサンドラはアカデミック・ソワレの準備に奔走してきたのだった。
アカデミック・ソワレは、研究発表を行う昼の部と、夜会が行われる夜の部に分けられるのだが、学生の中には夜の部の方がメインだと思っている者もいる。
なぜなら、夜の部は表向きこそ外部機関の理事や就職先の担当者を招いて交流を図る会だが、実際のところは普通に夜会である。
みんなドレスで着飾るし、ダンスの時間もある。浮ついた行事は、正直アカデミーにふさわしいと思えないが伝統だと言われれば仕方がない。アレクサンドラもドレスを準備して、夜の部まで参加する予定だ。
アレクサンドラにとってのメインイベントである昼の部の発表は一年生から三年生の順番で行われ、その中でも、グループ発表が先で、ソロでの研究発表は後になる。アレクサンドラは一年生かつソロでの発表のため、順番はオフェリーよりも後と決まっていた。
舞台袖には当然緊張感が漂っており、初めてアカデミック・ソワレに立つ一年生たちが緊張の面持ちで壇上を見つめている。そこへオフェリーが声をかけてきた。
「アレクサンドラ様、本当にお一人で発表されるのですね」
彼女はピンク色のリボンを揺らし、今日も爽やかな出で立ちだ。周囲には十人ほどの学生を連れていて、噂通りの大渋滞。その中には、アレクサンドラの婚約者マルセルの姿もあった。
春に図書館でこっぴどく叱られて以来、オフェリーの取り巻きからは外されてしまったのかと思っていたが、いつの間にか復活していたようだ。
(リーちゃんは人心掌握に長けているわね。来る者は拒まず去る者は追わず。掴めない方ではあるけれど、シンプルにすごいわ)
アレクサンドラは淑女の笑みを浮かべる。
「ええ。ちょうど発表したい成果があったのですわ。オフェリー様はどんな研究をなさったのですか?」
純粋に興味から問いかけると、オフェリーは勝ち誇ったように笑った。
「アレクサンドラ様はリンドバーグ伯爵家の力でたくさんの事業に関わっていらっしゃいますよね。私は自力で事業を起こしてみたんです。そしてわかりました。やっぱり幼い頃からのコネって何よりも大事だと」
オフェリーの爽やかなよく通る声は舞台袖に響き渡って、彼女の取り巻きたちがこちらを見てくる。明らかにそれに気がついているはずのオフェリーだが、さらに言葉を続けた。
「でも、私はそんな社会を変えたいと思っています。弱者として生まれた者が、いつまでたっても弱者のままのこの社会はおかしいです。アレクサンドラ様から見たら、私の言葉なんて理想論に過ぎないかもしれませんが……このアカデミック・ソワレをきっかけに、この社会を変えたい」
オフェリーの声のボリュームはさらに大きくなっていき、いつの間にかここにいる全員が聞き入っていた。これではまるで、一対一の会話ではなく演説だ。
しかも、この内容ではアレクサンドラが先に彼女を侮辱したようにも思われてしまいそうである。瞬間、取り巻きたちから拍手が湧き起こった。
「……! 皆さん、ありがとうございます……!」
頬を染めたオフェリーが感激した様子で口もとを両手で覆えば、拍手は伝播して自分の順番を待つ他の出場者まで伝わっていく。あまりにも異様な光景が舞台袖に広がっている。
そして、様子を感じ取った客席がざわりとする気配が聞こえた。司会者の声が響く。
「次は五番、オフェリー・バティーユさんの研究グループ」
タイミングよくオフェリーたちのグループの発表順が来たようだ。つい数秒前までアレクサンドラを無邪気に侮辱していた彼女は、笑顔を浮かべる。
「アレクサンドラ様、私頑張ってきますね!」
「……楽しみに拝聴しております」
穏やかな笑みで応じれば、オフェリーは短めのスカートを翻し、颯爽と壇上へ上がっていくのだった。その後を十名ほどの男子学生が追っていく。
(リーちゃんはよくわからないわね。真剣にアカデミーに通われていると思いきや、たまにこんな変わった行動を取る)
アレクサンドラは首を傾げつつオフェリーを見送ったのだった。
オフェリーたちの発表が始まった。彼女たちのグループが研究したのは、一から事業を起こし、その経営状況の推移を追うものだった。




