21.不正の温床
次の日のこと。
アカデミーの図書館には、集中して勉強するための個室ブースがある。一人用のものからグループ研究で使える、少し大きなサイズの部屋までが豊富に揃っており、この時期は大盛況だった。
その個室でアカデミックソワレのための資料を作成していたアレクサンドラは、隣の個室にシリルがいることに気がついた。
「シリル様だわ」
この後ローレンスの所へ行くのなら、一緒に行ったほうが王太子と二人きりになることもなく都合が良いと思い、ノックして声をかける。すると、資料の山に埋もれていたシリルは顔を上げた。
「お邪魔でしょうか? あの変態のところへ行くのならご一緒していただけません?」
「アレクサンドラ嬢。私は今日は殿下のところへは参りません。お一人でどうぞ」
「ええ……心の底から残念ですわ」
淑女らしさを忘れてうんざりとため息をついたアレクサンドラだったが、シリルは机の上の資料に視線を送ると言った。
「アカデミック・ソワレのための資料を読み解いていたのですが、意外な事実が見えてきましてね。しっかり裏付けを取った上で、あの方に報告がしたい」
「どういうことですの?」
口調があまりにも深刻そうだったので、アレクサンドラは資料の中の一つを手に取る。それは革張りの帳簿だった。表紙に書かれた文字を見て、目を瞠る。
「えっ……これ、ここ十年間のアカデミーの会計資料ではなくて? どうやってこんなものを手に入れたのでしょう?」
「普通ならば機密扱いの資料ですが、私は入学してからずっと成績トップです。つまり学長や教授陣からの信頼も厚い。書庫にある資料はいくらでも自由に見ていいと言われています。それでこれをとってきたのですが……内容が最悪だ」
そこまでいうとシリルは頭を抱えてしまった。
(この様子から推測すると……シリル様はアカデミック・ソワレでの研究をきっかけにして面倒ごとに行き当たってしまったということ?)
確か、昨日シリルは『富豪の大貴族が私的に運営している私設研究機関をターゲットにし、研究成果の伸び具合について会計の面から分析する』と言っていたはずだ。
それはアレクサンドラの家リンドバーグ伯爵家の経営する商会のライバル企業をターゲットとした研究だった。そこで何か不都合な事実が出てくれば、ライバルを蹴落とせると冗談を言ったところだったのだが、どうやら本当にその類の結果が見つかってしまったらしい。
「本当に新聞社をご紹介します?」
軽口を叩けばシリルは表情を歪めて、嫌悪の視線をこちらへと送ってくる。
「富豪の大貴族側だったら、その選択肢もあったんですがね」
「……まさかアカデミー側?」
信じられないという思いで問いかけると、シリルは目を逸らすと声もなく頷いた。
「はい。もともと、アカデミーでは内容を明らかにせず計上する機密費の運用割合が高い。だが、最先端の研究が行われ、情報が漏れると国益を損なうことに繋がるという特異な機関の性質を考えれば、そこまでおかしなことではありません。ですが、研究された成果がどこにも見当たらない」
「もう少しよく調べたらいいんじゃなくって? 勘違いかもしれないですし」
成績優秀者のピンバッジをコレクションするこの男に限って、そんな事はありえないとは思いつつ、無駄な進言をしてしまう。それほどに信じられなかったのだ。
シリルはため息を吐く。
「私もそう思い何度も確認しました。だが、残念なことにこれは事実だ」
その顔は青い。それを見たアレクサンドラの頭の中ではアカデミーの不正がほぼ事実に違いないのだと確定する。
「裏付けを取るって、どうやって?」
「資金の流れをもう少し追います。学外の関係者にも話を聞き、確証を得てから動くべきだ」
意外なことに、シリルはアカデミーの不正には勘付いたものの、自分たちに接する講師陣のことは信じきっているようだ。非常に頭が良く、成績が優秀で常に数字を追っているシリルにとっては、講師陣は疑いなくこちら側なのだろう。
一方のアレクサンドラはそうではない。
(シリル様は、講師陣が知らないところでこの不正が行われていると思い込んでいるみたいだけれど、きっと違うわね)
普段、商会の経営に関わり、子どもの頃からうんざりするほどに足の引っ張り合いや汚い面を見てきたアレクサンドラは考え込み、口を開く。
「関係者に話を聞くのはもう少し待ったほうがいいんじゃなくって? 残念だけれど、この件を相談するのに適任がいますわ。アカデミーに来てから日が浅く、間違いなくこの件には関わっていなくて、それでいてすべてを凌駕する権力を持っている男が」




