20.秋の研究発表会
オフェリーの策略に乗ると見せかけたまま月日が経ち、いつしか季節は秋になっていた。
基本的に、国家機関と直結していて勉学中心のアカデミーだが、年に数回は学生同士の交流行事が催される。春にはガーデンパーティーがあったが、秋にはアカデミック・ソワレという研究発表会が行われるのだ。
そしてこれは、三年生にとっては就職先への推薦状を手に入れる最後の機会になる。そのせいか、ソワレを控えたアカデミーにはどことなく緊張の空気が漂っていた。
「アカデミック・ソワレ。シリル様は何の研究発表をされるのでしょう?」
すっかり日課になった、学長室での報告。隣に座っているシリルに問いかければ、彼はメガネをくいと押し上げた。
「富豪の大貴族が私的に運営している私設研究機関をターゲットにし、研究成果の伸び具合について会計の面から分析します」
「まぁ。面白そうですわね? うちはその事業に手を出していないから、存分にやってくださいませ。もし怪しい結果が出たら知り合いの新聞記者に流すからすぐ教えてくださる?」
「私怨が混ざっていませんか。私は無関係ですが少し寒気が」
「ふふふ。風邪みたいですわね。高級な蜂蜜を届けさせますので、ブランドナー侯爵家の人脈を使って広めてくださいませ」
そんな会話をしていると、正面に座ったローレンスが意味深な視線を向けてくる。
「昔、君のために怪我をした気がしたが、そのときは蜂蜜すら届けてくれなかったな」
「相手を見ていますわ。変態にあまり近づきすぎるのはよくないですもの」
「あっははははは」
あまりにも豪快に笑うローレンスに、アレクサンドラは思わず淑女の顔を崩す。
「今のは皮肉ですわよ⁉︎」
一方、会話がアレクサンドラとローレンスに移ったのを確認したシリルは、事務員が出してくれた紅茶を上品に飲んでいるのだった。
アレクサンドラは一年生、シリルは二年生、ローレンスは講師。三人とも立場が違うが、こうして一緒に過ごす時間は増えている。アレクサンドラはため息をつくと、ずっと疑問に思っていたことを問いかける。
「……シリル様、私がいない時にこの部屋に来ていません? 殿下がまだ私の伝えていない情報を持っていることがあるのですけれど」
「黙秘します」
「そのすんとした顔が全てを物語っていますわ」
「彼じゃなく、私に直接聞いてくれたら何でも話すのになあ?」
ソファに尊大な姿勢で座っているローレンスがこう言っているが、実際に話してくれることはほぼないだろう。この嘘くさい笑みが言っている。それでいて、結婚とか今の婚約者との婚約破棄とか、訳のわからない方向に話を広げられては困る。
アレクサンドラは澄ました表情で話を戻すのだった。
「一年生のアカデミック・ソワレですけれど、おかしな方向に注目が集まっていて、何だか面倒なことになりそうですわ」
「オフェリー・バティーユか」
「はい。そのリーちゃんですわね」
ローレンスの相槌に、アレクサンドラはため息をついて続ける。
「彼女、私と同じテーマでグループ発表をするようですわ。そのグループメンバーというのが、声が大きい取り巻きの方々ばかりなのです。問題が起きそうな気配しかありませんの」
基本的に、アカデミックソワレへの参加は自由だ。上位機関への就職を考えていない学生は三年間在学していて一度も参加しないこともあるし、逆により良い就職先への推薦状が欲しい学生は、三年間必死で準備をして三回とも優秀な成績を取ろうとしたりする。
アレクサンドラの場合は、ただ研究成果を広く発表する場が欲しいという動機で参加するだけなのだが、どうやらそうではない学生の間では、共同の成果にできるグループ発表に人気が集まっているようだ。
その意味で、成績優秀者に選ばれ、周囲の注目を集め先生たちからの好感度も高いオフェリーと同じグループに入ることは、彼らの中で正解ルートとして一種のステータス化しているらしい。
「例の噂――『オフェリー・バティーユは、アレクサンドラ・リンドバーグよりも優秀な才女だ』、この話が周囲を煽っている気がします。リーちゃん本人よりも外野が煩わしいですわね」
「だが、意外なことに、彼女はきちんと成績が優秀なんだよな」
ローレンスが感心したように漏らす。その点については、アレクサンドラも同意見なのだった。
「ええ。しかもその成績は間違いなく本物よ。図書館でよく見ますし、先生方のところに質問に行っているのもよく見ます。だからこそ、その他の行動が意味不明すぎましてよ」
「例のドレス工房でも従業員からの評判は悪くないんだったか?」
「はい。むしろいいですわ。皆、彼女の仕事ぶりをよく褒めています。話を聞いている限り、私も何も知らなければ彼女を重用していたような」
入学してすぐ、オフェリーはアレクサンドラが秘密裏に経営しているドレス工房に入り込もうとしていることがわかった。アレクサンドラは彼女の目的を知るためにあえて雇い入れ動向を見守っていたのだが、今のところ怪しい素振りはない。
「あの店には私の手の者を置いている。何か君に危害を加えるような情報があれば、すぐに対処する。安心していい。君が昔オフェリー・バティーユの家庭教師を奪ったという話もすっかりアカデミー内で浸透しているな。なんなら、あれも消しておこうか?」
「おやめくださいませ。反撃は自分でやってこそでしてよ」
澄まして伝えると、ローレンスは余裕の笑みを漏らすのだった。
「……それなら、アカデミックソワレが見ものだな。担当講師としてどんな助けでもしてやるぞ」
「不正は結構ですわ? 同じ教え子であるオフェリー様にもしっかり同じことを伝えて差し上げてくださいませ」
――アカデミック・ソワレでは、他人の武器で戦おうとするオフェリーと、その武器が自分のものだと教えていないアレクサンドラの一騎打ちが問題になりそうだった。けれど、全く予想外だった新たな問題が浮上することになる。




