18.なりすましへの怒り
「生温いことはしていられませんの。リーちゃんが奪おうとしているのは、ドレスの縫製技術や接客だけではないわ。この店なんだもの。到底奪えるはずがないけれど、人が苦労して築き上げたものの完成形だけをあっさり奪っていくのは感心しませんわ」
アレクサンドラだって、この店を立ち上げた時は苦労した。この国でも有数の商人である父の助言があっても大変だったのだ。それを、おいそれとくれてやる気はない。
ただ、もし何の人脈も伝手もないオフェリーが、本当に純粋に事業を始めたいというのなら、同じ志を持つ者として助けになろうという気持ちはある。けれど、ローレンスからの情報がなかったとしても、オフェリーの行動には不審な点が多すぎるのだ。
アレクサンドラは続ける。
「商会を立ち上げるための書類を提出しているのに、肝心の事業自体はこれから学ぶですって? そんなに甘くはないのよ。それに、図書館で私やシリル様に仕掛けた駆け引きのことを考えると、もし本当にただの経営が目的なのだとしたら、彼女がそんなに行き当たりばったりのはずがないわ」
図書館でシリルと出会った日のことを回想する。オフェリーは、アレクサンドラの婚約者をだしにしてまで、自分の好感度をあげようとした。あれは、ただ悪知恵が働くだけでなく、相当肝が据わっていないとできない芸当だ。
彼女の言動からこの店の危機を本能的に察したアレクサンドラだったが、ここへ連れてきたローレンスも同じ意見のようである。
「だが、彼女はここが君の経営する店だと知らない。アレクサンドラ・リンドバーグのようにアカデミーで優秀な成績を納めているだけでなく政財界に顔が効く才女として名を上げるため、この店をターゲットにしたところ、その経営者がよりによって君だったようだな」
「運が悪いわね、リーちゃん」
怒りを隠さないアレクサンドラをなぜか楽しげに見つめるローレンスは、苦笑交じりの柔らかな声音を向けてくる。
「随分怒っているようだが、普段淑女でいることを心がける君にしては珍しいな。もしかして、オフェリー・バティーユへの怒りのポイントはこの他にもあったのか?」
「あなたにお話しすることではございませんから」
正直、自分への成りすましはわりとどうでもいいのだ。そんなものに簡単にやられるはずがないし、報復だってできる。しかし、自分が心の支えにしてきた人への侮辱は別だ。
(リーちゃんは、私があらゆることの原動力にしてきた『彼女』に成りすまして侮辱したのよ。決して許されることではないわ)
ちなみに、『自分より賢い令嬢』の話を知っている人間は家族にもいない。先日シリルに話したのが初めてのはずだ。シリルはローレンスに話したのだろうか。でなければ、あまりにもこの王太子の察しが良すぎる。
思わず、斜め向かいに座るシリルに「あの話をしたのか」という視線を向けると、その仕草を見たシリルはわかりやすく眉間に皺を寄せるのだった。それをすぐにローレンスが察する。
「何だ? 私には秘密の話か? いい度胸だ」
しかしすぐにシリルが身の潔白を証明する。
「いえ違います殿下。私には関係ございません。ただ、殿下の推察があまりにも当たりすぎていてアレクサンドラ嬢が気持ち悪がっているようです」
「気持ち悪がっているのは本当だけれど、当たっているかどうかはわからないでしょう⁉︎」
ローレンスはアレクサンドラがむきになっているのが楽しいらしく、すぐに上機嫌に戻った。
「秘密の話は今度聞かせてもらおうかな。じっくりと」
「あなたは、気持ち悪がられていることのほうを少しは気にした方がいいですわよ⁉︎」
「いえ、気に入らない男爵令嬢をプードルに例え、かわいい渾名をつけてお呼びになるアレクサンドラ嬢と殿下はとてもお似合いかと」
「なんですって?」
味方だと思っていたシリルに背中から撃たれる形になったアレクサンドラを、ローレンスは楽しげに見守っている。
「どうだ、シリルによるとやはり私たちはお似合いらしい。結婚……」
「しませんわ?」
憤慨したアレクサンドラが応接のソファから立ち上がる。すると、ローレンスは部屋の隅に控えてずっと目を泳がせていたモニークに向け爽やかな笑みを見せるのだった。
「今日のことは内密で頼む。お前がいまその目で見た通り、しっかり深い意味があるからな」
「戯言を……っ」
どんなときでもしっかり外堀を埋めようとしてくる王太子がありえない。しかも、皆がすっかり彼のペースだ。何もかも薙ぎ倒せる相手を敵に回した時点で、こちらの負けなのだ。
遠い目をしてこの世の不条理を感じるアレクサンドラの視界で、モニークは頬をわずかに染めこくこくと頷いていた。安息の地がひとつ減った。




