17.策略には乗って差し上げましょう
ついさっきオフェリーを送り出したばかりの鈴の音を鳴らし入店すれば、店内のスタッフたちはざわついた。
「いいかしら」
「今日は予約のないお客様は――……オーナー⁉︎」
「特別客用の個室を開けてちょうだい。この人と一緒にいるところを見られたくないの」
不機嫌を隠さずに視線でその人物を示せば、ただでさえざわついていた店員たちは驚愕に目を丸くした。
「!? そ、そちらのお方は」
「王太子殿下――」
「さっき出て行った客に関する資料をすべて出せ。それと、呼んだ人間以外は個室に入れないように」
「はっ、はい」
ローレンスは笑顔だが、言葉は命令口調でこれ以上なく尊大だ。それでも、誰も違和感を持つことはないし皆を従わせる力がある。上客の接客で高貴な客には慣れているはずのスタッフたちが言葉を詰まらせ、目を泳がせるのを見ながらアレクサンドラはため息をつく。
(……勘違いされそうだわ……)
そうしていると、今度は。
「シリル・ブランドナー様でいらっしゃいますね。今日は何をお探しでしょうか?」
一人の店員がシリルの存在に気づき、声をかけた。アレクサンドラは目を丸くする。
「あら、うちに来たことがあるのでしょうか?」
「まぁ、母の付き添いで」
「お母上にはいつも贔屓にしていただいていますのよ。私は店に立つことはほとんどないですけれど、話は常々」
アレクサンドラとシリルの会話を聞いている店員たちはまた余計な想像力を働かせているらしい。興味津々というふうにお互いに目配せをしあって、誰がこの関係を突っ込んで聞くのだ、という雰囲気を醸し出している。残念だが聞かせることはない。
顔を引き攣らせたアレクサンドラが解散の合図で手を叩こうと両手を広げたところで、ローレンスがアレクサンドラの手を取り自分の左腕を掴ませた。
「⁉︎」
「シリル君は私の連れだ。アレクサンドラ、行こうか? 案内してくれ」
「……承知いたしました」
(勘違いされそうだわ……)
二度目の心の声とともに、げんなりしつつ、アレクサンドラはローレンスとシリルを特別応接室へと案内した。
店の中で最も奥まった場所にあるこの部屋は、特に高貴な客のために作ってあるお忍び用の個室だ。席についたアレクサンドラは、先ほどオフェリーの接客をしていた店員だけを部屋に残し、人払いをする。
皆は好奇の目でこちらを見つつ、名残惜しそうに離れていった。口止めをしたが、無駄だろう。
(悔しいけれど、後でローレンス殿下に手を回してもらう必要があるわね)
背に腹は代えられない、と悔しげに唇を噛むアレクサンドラを見たローレンスは意外そうにした。
「ここでの君はなんだか新鮮だな。いつもより幼いというか」
「王太子と上客のご子息を侍らせて女王様然としていられるほど、さすがに私も図太くはありませんのよ?」
「へえ」
ローレンスの知的な瞳が興味深そうに見開かれる。アレクサンドラはそれを華麗に無視する。
「それで」
声音を変え、モニークという名前の店員に向き直った。
「モニークは、オフェリー・バティーユ様の目的を知っているのかしら?」
突然話を振られた彼女は驚いたようで、目をぱちぱちと瞬いている。
「えっ……目的でしょうか、オーナー。ドレスをオーダーすること以外に、オフェリー様は何か目的があるのですか?」
「あなたが彼女から受け取ったそれ、履歴書よね」
アレクサンドラは応接用のテーブルの一番上に置いてある書類を視線で示した。それを見たモニークは、ああ、というふうに微笑む。
「そのことですか。オフェリー様はここでドレス作りの基礎や接客を学びたいそうなんです。聞くと、まもなく商会を立ち上げる予定だそうで」
「……そう」
ローレンスから聞いていた話と同じだ。嫌な予感に、アレクサンドラは不快さを堪えつつ、王太子を見た。
「殿下は、オフェリー様が私に成り代わろうとしていると仰せでしたわね。その助言から推察するに、その手段の一つがここに入り込むことだと?」
「さすが理解が早いな。その通りだ」
「揶揄わないでください」
うっかり敬語がどこかへ行きそうになったが、なんとか耐えた。けれど、今最も腹立たしい相手は、目の前のローレンスではなくてオフェリーのほうである。
(残念だけれど、ローレンス殿下やシリル様が持ってきた話と辻褄が合うわ。自分が優れているという噂を流し、王都で人気のドレス工房に入り込む。どちらも噂だけで真実にし、自分に箔をつけられるものね)
「この工房は社交界を騒がせる年若い淑女が経営しているらしいという噂を聞いて、自分がその淑女に成りすませると思ったのね。けれど、そんなに甘くはないのよ」
不機嫌そうなアレクサンドラを見たモニークは、もともと丸い目をさらに丸くしながら、恐る恐る問いかけてくる。
「もしかして……オフェリー様はオーナーと敵対するお方なのでしょうか?」
「ただのアカデミーの同級生よ。まだ敵対すると決まったわけではないけれど、見ての通り、すでに腹は立てているわね」
「オフェリー様はアカデミーにお通いの話など、一言も仰っていませんでした。……そういうことでしたら、この履歴書はすぐにバティーユ男爵家へお返ししてまいります。まさかそんなことになっているとは……申し訳ございません」
モニークはすっかり蒼くなっている。上客だと認識し、丁寧に接していた相手が、まさかこの店を乗っ取ってアレクサンドラに成り代わろうとしているとは、夢にも思っていなかったのだろう。
アレクサンドラは顔を震え出してしまったモニークの手を握る。
「大丈夫よ。その履歴書を返却する必要はないわ」
「でも」
「そんなことより、オフェリー様には採用通知を出して。今すぐによ」
淑女らしくにっこりと笑って伝えると、モニークはぽかんと口を開けた。
「……はい?」
「いいこと? 彼女はここでドレス作りの基礎や接客を学びたいのでしょう。だったら学ばせてあげましょう」
「ですが、それではお優しすぎませんか。いくらオフェリー様がこの店のオーナーの正体を知らなかったとはいえ、オーナーのおかしな噂を流している方の望みを叶えてあげるのはいくら何でも……」
慌てているモニークに対し、アレクサンドラは不敵に笑って見せる。
「いい気分にさせて、何もかも思い通りになっていると信じさせてあげて、最後の最後に幸せの絶頂で引き摺り下ろすの」
「ん? オーナー???」
モニークがぽかんと口を開けたが、アレクサンドラは気にしない。
「経営の初歩を教えてあげるついでに、経営の怖さも教えてあげましょう」
「お、オーナー? あれ、私が知っているオーナーとは違うような……えっ?」
アレクサンドラの変化を受け入れられないモニークが、目を泳がせてローレンスやシリルに助けを求めているが、当然二人は見守るばかりだ。アレクサンドラはかわいそうなモニークに微笑みかける。
「あなたはお行儀のいい私しか知らないものね。大丈夫、普段は見せることがない姿だもの。今回のことが終わったら忘れてくれて大丈夫よ」
「は、はい……」
すっかり挙動不審になったモニークが黙り込んでしまうと、ローレンスは豪快に笑い始めた。
「ふははは。アレクサンドラ・リンドバーグはこうでないとな」
「生温いことはしていられませんの。リーちゃんが奪おうとしているのは、ドレスの縫製技術や接客だけではないわ。この店なんだもの。到底奪えるはずがないけれど、人が苦労して築き上げたものの完成形だけをあっさり奪っていくのは感心しませんわ」




