16.リーちゃんの魔の手
王都の中でも洗練された店が建ち並ぶ、煌びやかな場所。よく知った店の裏口につけられた馬車から降りたアレクサンドラは、ローレンスを睨み上げる。
「どうして私は自分がこっそり経営している店に連れてこられたのかしら?」
「……」
「え? ここが? 本当に?」
ローレンスは何食わぬ顔でショーウィンドー越しに店内を見つめているが、シリルは本気で驚いたようだった。眉間に皺を寄せた後で再度確認してくる。
「リンドバーグ商会の名は掲げられていませんが、ここはアレクサンドラ嬢が経営している店だと? うちの者も頻繁に利用する有名店ですが……まさか、知りませんでした」
「ええ、それでいいのですわ。だって、ごく一部の関係者以外に知らせていませんもの」
努めて冷静に振る舞いつつも、なぜかローレンスにこの店の存在を捕捉されていたことに不機嫌さを隠せないアレクサンドラは、腕組みをした。
そうだ。この店は子供だったアレクサンドラが一人で立ち上げた店だ。
伯爵でありながらも、商人として聡い父は娘に英才教育を施した。家は兄が継ぐことになっているため、父は商人としての自分が持てる全てをアレクサンドラに譲ろうとしたのだ。
そしてそれはアレクサンドラにぴったりだった。わずか十歳のアレクサンドラが立ち上げたこの店は、流行の最先端を行く店としてあっという間に有名になった。
今では政財界と結びつきがある家の夫人や、社交界で名を馳せる婦人方がお忍びでこぞって通う人気店になっている。
「けれど、王都の女性の間ではちょっとした噂になるようにわざと仕向けているのですわ。ここを手がけるのは社交界を騒がせる淑女らしいと。ですがその名前は明かしません」
「アレクサンドラ・リンドバーグが経営していると知られては、リンドバーグ商会の顔がすぐに思い浮かんで新規顧客を開拓できない可能性があるからだな。オフェリー嬢について調べていて、ここに辿り着き君が経営者だと知ったときは正直痺れたな」
「……」
一生痺れていてください、と返そうと思ったがやめておいた。二人の微妙な空気を悟ったらしいシリルがスマートに話題を変える。
「どうして殿下は私たちをここへ?」
「ここから店内をよく見てみろ。中の人間に気づかれるなよ」
「ええ?」
「はい」
ローレンスの低い声で、アレクサンドラとシリルは目立たないように気をつけながら、ショーウィンドーを覗き込む。ふわふわの銀髪が弾んで、結んであるピンク色のリボンが揺れるのが見えた。
「……リーちゃんじゃないの」
ついさっき、心の中での呼び名を二人に紹介したばかりの彼女がそこにいる。アカデミーの制服を身につけたままのオフェリーは、店の中央に置かれたソファで店員と談笑をしているのだった。
驚いているアレクサンドラを横目にローレンスは続ける。
「二週間ほど前から、毎日この店に通い詰めているそうだ。この短期間で高額なドレスを五着オーダーし、その製作を見守るために入り浸っている」
「あら。いいお客様ね。私が接客しようかしら」
「だからだ。店のスタッフも警戒せず、彼女に心を開きかけている」
ローレンスが顎で店内を指す。ソファに座ったオフェリーの前に、一人の女性店員が膝をついて笑顔で接客していた。彼女はアレクサンドラもよく知っているスタッフで、親戚に貴族がおり、上流階級との付き合い方や距離感を熟知している。
その彼女が、ここまで心を開いているのは珍しいことだ。思わず感心してしまう。
(へーえ。リーちゃん、彼女に認められるなんて、やるじゃないの)
一方で、灰色のドレスを着た婦人が壁に飾られている布地を眺めている。目立っていないのに所作が綺麗なところを見るに、あれがローレンスの送り込んでいる人間なのだろう。
なるほど、ローレンスは何らかの理由でオフェリーのことを調べており、その中でこの店に辿り着き、日替わりで客として間諜を送り込んでいるようだ。
「わかりましたわ。今度から紹介枠を狭めるようにいたしましょう。リーちゃんではなく、王太子の手の者が入り込めないように」
「それはこの件が解決してからにしてもらいたいな?」
そんな会話を続けているうちに、店内のオフェリーがソファから立ち上がった。何やら笑顔で書類を渡すと、出口へと向かって歩いていく。
「! 店外へ出ます」
シリルに押されて、一行はあわてて馬車の影へと隠れることになった。程なくして扉につけられた鈴の音が鳴り、店の中からオフェリーが現れる。
「それでは、確実にオーナーに書類をお渡しいただけますか?」
「確かに承りました」
見送りの女性スタッフとそんな会話を交わすと、オフェリーは銀髪を弾ませてくるりと向きを変え、馬車へと乗り込んだ。
「オフェリー・バティーユ男爵令嬢。またのお越しを心よりお待ち申し上げております」
「ふふっ。また来ますわ。明日にでも」
「まぁ」
そんな会話が聞こえた後で、オフェリーは皆に見送られながら帰って行く。馬車を見送ったアレクサンドラは、早速自分の店の中へと乗り込むのだった。
「……行きましょう」




