14.オフェリーの策略
――オフェリー・バティーユは群を抜いて賢い令嬢である。
そんな噂が流れ出したのは、アレクサンドラがアカデミーへ入学して一ヶ月ほどが経った頃のことだった。
「知っていますか? あのバティーユ男爵令嬢、幼い頃にリンドバーグ伯爵家に家庭教師を取られたと吹聴しているらしいですよ。その話が形を変えて、幼い頃の彼女があなたよりも賢かった証拠だという噂に発展しています」
「え? 何もかも意味不明ですわね」
アカデミーの廊下で、偶然顔を合わせたシリルからの苦笑混じりの報告に、アレクサンドラは眉間に皺を寄せる。
「うちがバティーユ男爵家から家庭教師を引き抜いてどんなメリットが? それに、そもそも私より賢いことが何になるのでしょう? ここはアカデミーだもの。国内の頭脳が集まるはずの場所だもの、当然じゃないかしら」
「普通はそう考えますよね」
シリルの反応は、アレクサンドラが想像する、ごく一般的なものだ。けれど、彼がわざわざ教えてくれたということは、そうではない反応をする学生が多いのだろう。
事態がそれなりに面倒なことを認識しつつ、アレクサンドラは頭を捻る。
「うちに出入りしていた家庭教師に、バティーユ男爵家と付き合いのある人間はいなかったはずですけれど」
「でしょうね。リンドバーグ伯爵家は関わる人間を選別している。彼女の発言はおかしすぎます。それに、例え子供であっても、将来有望な人間の話は聞こえてくるものです。にもかかわらず、オフェリー・バティーユなどという存在はアカデミーに入るまで聞いたことがなかった。彼女が賢い令嬢だという話があまりにも不自然すぎる」
「オフェリー様は一体何がしたいのかしら?」
これまでの人生、アレクサンドラは自分を陥れようとする人間に数多く出会ってきた。
女のくせに生意気だというものに始まり、お高く止まっているという理由で陥れられそうになることもしょっちゅうだった。
もちろん、その全てを物理でなぎ倒してきたわけではあるが、一方で自分の性格が災いしているのは認める。しかし、今回のことは明らかに毛色が違うのだ。
「彼女はあなたと距離を縮めたいのだと思っていたが、違いますか?」
「距離を縮めたい理由は何かしら? もしかして、バティーユ男爵はオフェリー嬢を使ってうちから資金援助を引き出したいとでも?」
「バティーユ男爵家に資金難の噂は聞きませんけどね」
「そうですわよね。まぁ、どうでもいいことですわ。アカデミーで学ぶ上で、彼女の言動は関係ありませんから」
親しく接するようになってわかったことだが、シリルはアレクサンドラと似た考えをもっており、話が合う。豪商リンドバーグ伯爵家で幼い頃から事業に触れてきたアレクサンドラに対し、シリルはブランドナー侯爵家で金庫番を任されるような立ち位置らしい。
ブランドナー侯爵家といえば、それなりに一目置かれる家だ。若くしてその家の財務管理を睨んだポジションにいるのは、アカデミーで優秀な成績を修めていることも加味したうえでの采配なのだろう。
話が合うのは当然のことで、アレクサンドラにとってそう思える相手は二人目だった。
(一人目は……悔しいけれど、王太子ローレンス・ギーソン)
アカデミーの学長室を私的な部屋に変えてしまった男の顔を思い浮かべ、微妙な気持ちになったところで。
「彼女は本気でアレクサンドラ・リンドバーグにとって代わろうとしているようだぞ?」
「先生」
背後からかけられた声にいち早く反応したシリルが一歩引いて頭を下げる。そこにいたのは、ローレンスだった。講義の帰りに廊下で立ち話をする二人を見つけて寄ってきたらしい彼は、にやりと笑って続ける。
「リンドバーグ伯爵家に家庭教師を奪われた、の真意はよくわからないが、バティーユ男爵令嬢は近々商会を立ち上げるようだ。国に認可を求める書類が提出されている」
「へえ。その商品は何なのかしら」
思わずいち実業家として興味を示せば、ローレンスはふっと笑う。
「君はそういうところがお嬢様育ちだな」
「な、なんですって?」
普段講義で聞くのとは違う、柔らかな声だ。アカデミーで聴き慣れた声との落差と、言っている内容が失礼すぎることに驚き不満を浮かべると、ローレンスはそのまま続けるのだった。
「言っただろう。オフェリー・バティーユは君に取って代わろうとしていると。下々の人間に手を差し伸べ尊重する振る舞いが身についていることは美徳だが、今回はそんな悠長にしている場合でもないんだ。実は気になる情報を掴んでいる。ついてこい」
「はぁ⁉︎」
あまりの横暴さに声を荒げかけたものの、ここはアカデミーだったと思いとどまった。本当ならついていくのは遠慮したいのだが、相手はローレンス。こちらに選択権はないし、何よりもシリルが興味を示している。
「私もあの女の狙いが知りたいですね。殿下と一緒に行きましょう」
「……わかりましたわ」
正直、全く乗り気ではない。けれど二人に促され、結局、有無を言わせず同行させられることになってしまった。




