11.二人の出会い
◇
――面白い伯爵令嬢がいるらしいから会ってみろ。
父王にそう言われたのは、十歳になったばかりの頃のことだった。
当時のローレンスは立太子を前にした王子だった。賢く優秀で何でもできて、見た目まで整っている自分の特別さは、子供ながらによく理解していた。しかし天は二物を与えずとはよく言ったものだ。ローレンスはあらゆる面で恵まれていたものの、一方であらゆるものに対して尊大だった。
謁見の間で初めて会ったリンドバーグ伯爵父娘は、なんだか不思議な存在だった。
商人らしく人当たりが良さそうに見えるものの気弱な空気を漂わせる伯爵と、五歳にもなっていないとは信じられないほど肝が据わった利発そうな令嬢。彼らはちぐはぐなのに、れっきとした親子らしい。しかし、知性のある顔立ちが似ている気はする。
ローレンスから二人への第一印象はそんなものだった。けれど、少なくとも令嬢に対する印象は、その日のうちに一変した。令嬢と二人で庭に出たローレンスは、不遜な言葉を投げかけられたのだ。
「……古い格言で、“庭師でさえ、時に核心をついたことをいう”というものがあります」
「ん?」
小さな背丈とかわいらしい顔立ちに全く似つかわしくない、ハキハキとした物言いで告げられた言葉とその内容に、ローレンスは立ち止まった。
噂で聞く自分への評判と、謁見の間での振る舞いを不思議に思ったのだろう。こんなことを王族に対して言えるだけでも大したものなのに、彼女はここへ来るのが初めてなのだ。正気の沙汰ではない。
けれど、少女は怯えることも怯むこともなく、堂々と続けるのだった。
「あなたは王太子殿下なのですよね。きっと、優秀な先生について最上級の教育を受けていらっしゃることでしょう。それなのに、なぜ学んだことを生かせないのですか?」
「きみもあと五年経てばわかる。特別な庭師はなかなかいないんだよ」
そう答えると、アレクサンドラは不思議そうに首を傾げた。なにか物言いたげにしているが、言葉が出てこない。けれどこれは、王太子の前で萎縮していたり、意味が理解できていなかったり、適切な言葉が思い浮かばない類ではない沈黙だ。
状況に即しているのか、必死に考えている目の前の少女に興味を抱いたローレンスは、もしかしてと問いかけてみた。
「庭師の知恵は、主人の問いかけ次第だ、と?」
瞬間、利発そうな瞳に光が灯る。
「……はい!」
(なるほど、これは面白いな)
人への評価に厳しい国王が彼女に目をかけるわけだ。自分との年齢差を考えても、彼女を将来王妃として押したいという父の考えは、正しいものだろう。
ローレンスはこれまでに大勢の貴族令嬢と引き合わされてきたが、これほどまでに条件に合う令嬢はいなかった。しかもその中でも、このアレクサンドラ・リンドバーグは最も幼いのだ。
「お前は賢いな。また王宮に呼ばれるだろう」
「…………」
そう言って頭を撫でてみれば、ついさっき、目を輝かせたばかりの彼女は心底嫌そうに口元を歪めた。王宮に呼ばれるのが嫌だったのか、それとも髪を触られたのが嫌だったのか、どちらかはわからない。聡明な少女が見せた、年齢相応の仕草に思わず笑ってしまったことを覚えている。
けれど、二人の関係はここから始まったのだった。
ローレンスがアレクサンドラへ正式に求婚を申し入れあっさり断られたのは、それから五年後のこと。
ローレンス十五歳、アレクサンドラはまだ十歳だった。将来アカデミーで学びたいから、片手間で王妃教育を受けるなど畏れ多い、という理由で断られたのだが、ローレンスはそんなことでは諦めるつもりはなかった。
なぜなら、この頃にはアレクサンドラの賢さは王国の中でも群を抜いていたからである。多少性格に難があることは周知されていたが、そこで語られるエピソードの中に出てくる何もかもが十歳の少女とは思えない。
――国王陛下に気に入られてお茶会に招かれた際、当時難航していた内政問題の解決に相応しい前例を挙げた。年上の貴族令息、しかも格上の家の少年の発言を論破して言い負かして泣かせ、一言も謝らなかった。手伝いをしていた実家の商会の客が支払いを滞らせたため、その客が最も嫌っているライバル業者に伝票を売って取り立てさせた。
聞こえてくる噂の何もかも、大人だったら蒼くなって飛び上がりそうなものばかり。彼女が『リンドバーグの大災厄』と盛んに叫ばれるようになったのはこの頃のはずだ。
(だが、父親思いの彼女が空気を読んで大人しくなっていくのは予想がついた。まぁ、大災厄のままでも彼女を選ぶことに違いはないが)
国王からも将来王妃として迎え入れるのは彼女以外にあり得ないと言われていたし、次期王位継承権を持つ者として、適性のある相手を選ぶのは当然のことだった。
けれど、彼女に目標がある限り、求婚が受け入れられることがないのもまたわかっていた。 それならアカデミーを卒業するまで待てばいい。王太子に婚約者がいないことは異例ではあるが、後々彼女を待っていたのだとわかれば皆も納得するだろう。
そう思い、すんなり婚約辞退を受け入れたのだが、リンドバーグ伯爵にしてみれば、ローレンスの聞き分けの良さが異様に思えたらしい。希望を受け入れられたとは到底思えないひどく青い顔をして、ついでに腹の上のほうを押さえながら帰っていった。
あの一族の、察しのいいところが好ましい。ローレンスはただシンプルにそんなことを思ったのだった。
こんなこともあった。ローレンスが十六歳、アレクサンドラ十一歳のころ、王宮の庭園内に彼女に贈るための花を育てる薔薇園を作った。
何も、本気で彼女に特別な薔薇を贈りたいと思ったわけではない。あの少女が国宝級の花束を持って行ったところで、靡くような存在でないというのはとうにわかっている。
けれど、この花束を持って行ったときに彼女がどんな顔をするのかは見てみたかったのだ。
早速持って行ったところ、アレクサンドラは期待通りにひどく嫌そうな顔をした。それを見てローレンスは腹を抱えて笑い、ますます嫌われた自覚はある。
(ずっと、ただ賢いばかりの、王妃として最適な令嬢だとばかり思っていたが)
その関係にわずかに変化の兆しが見えたのは、ローレンス十八歳、アレクサンドラ十三歳だっただろうか。
(無能才女のスピンオフを書くことになったとき、「まってつまりローレンスがヒーロー?アレクサンドラも最初面倒な男扱いしてたし読者さんついてきてくれるかな……」と悩んだのですが、まさにその心配が出ている回想エピソードになります。もう少しお付き合いいただけますと幸いです!)




