10.ディラン・ランチェスターとの密談(ローレンス視点)
アレクサンドラを見送ったローレンスは、入れ違いで入ってきた弟分に目を細めた。
「ディラン、アカデミーで会うのは初めてじゃないか?」
「……講師の話は聞いていましたが、まさか本当に受けられるとは。王太子という身分を忘れて自由すぎませんか?」
ここがアカデミーだということを考慮し、呆れながらも敬語で応じるのはディラン・ランチェスター。
ランチェスター公爵家の嫡男である彼は、アカデミーの三年に在学しながらも公爵家の実質的な当主代行を務めている。ディランの父であるランチェスター公爵は健在だが遊び呆けていて、不幸にも彼はずるずると世代交代を受け入れることになってしまった。
にもかかわらず、弱冠十九歳にして手腕は確か。ローレンスが唯一弟分として認める男だ。
整った甘い顔立ちと不思議と人を惹きつける雰囲気のせいで、女性関係には苦労しているようだが、本人は至って真面目。ローレンスの手足となって動いてくれる腹心でもある。
ディランは今自分が入ってきた扉へと視線を送ってため息をつく。
「しかも、今ここを出て行ったのはアレクサンドラ・リンドバーグ嬢では? 彼女をここに呼ぶとは本気ですか? 彼女に対してはもっと真摯に接するべきでは」
「週に一度、近況報告に来てもらうことにしたんだ。デートのようなものだ」
「デートって……」
顔を引き攣らせたディランは吐き捨てるように続けた。
「ローレンスが言うと冗談に聞こえないな。ますます悪い」
「そうか? 彼女の方は全く本気で受け取ってくれないんだけどな。これ以上何をすればいいのか、困るよ」
首を竦めれば、ディランは面倒そうな視線を向けてくる。
「……あなたがアカデミーの講師の話を受けたのは、アレクサンドラ嬢の周りに彼女を狙ったきな臭い動きがあるからだとおっしゃいましたよね。彼女を守るためにアカデミーの講師になったのなら、さっさとそれを伝えたらどうですか。話が早い」
「嫌だな。そんなことをしたら、彼女が簡単に私を好きになるじゃないか」
「いつもながらすごい自信だな……」
ディランは会話を諦めたのか、手にしていた書類を執務机の上においた。それは、以前から依頼していた調査の結果だった。そうして、主人に向けて報告する。
「オフェリー・バティーユ。ここへ辿り着くまでに相当な恨みを買っているようだ。最初の寄生先では彼女が商家に住み込みで雇われたのと引き換えに養父が職を失い、次の寄生先となった商家では娘の縁談が破談になっている。現在の後ろ盾であるバティーユ男爵家内でも、彼女を裏方とはいえ後継にすることで揉めているようだ」
「へえ」
ローレンスは口の端だけを上げて笑い調査結果を手に取った。
「だろうな。入学してまだ二週間も経たないのに、あれだけ派手にやっているんだ。目的は何かな。私が探しているものに繋がるような気がするが」
「……その、アレクサンドラ嬢が狙われているという情報は確かなものなのですか?」
ディランからの物騒な問いを、ローレンスは馬鹿げた気持ちで首肯する。
「ああ。出所は明かせないが、信頼できる筋からのものだ。敵は、私の弱点がアレクサンドラ・リンドバーグだと信じているようだぞ? 彼女に何かあれば私が揺らぐと考えているようだ。……面白い」
「正直、全く間違っているようには見えませんが」
「んん?」
弟分の言葉が、あまりにも自分の気持ちとはかけ離れていたため、ローレンスは眉間に皺を寄せる。しかし、旧知の仲のディランは動じることなく続けるのだった。
「あなたがここにいればアカデミーの警備は平常の数十倍にも厳重になる。下手をしたら王宮にも匹敵する警備だ。膨大な予算を投じてまで彼女を守ろうとしていることが対外的にも見え見えです。この状況では、アレクサンドラ嬢に何かがあった場合、あなたが揺らがないと思えるほうがおかしいのでは」
「言うようになったな」
苦笑しつつ応じれば、ディランは言葉通りのまっすぐな視線を向けてくる。
「大切なお方なのでしたら、遠回しな守り方はせず正面から行かれるのがいいのではと」
「あれはただ守られる女じゃないからなぁ。苦手な相手に必要以上に近づかれてみろ。きっと、憤慨して姿をくらませるぞ」
ほんの少し、笑みが漏れる気配がした。
「もしかして、正面から行っても振り向いてくれない場合が怖いんだったりして」
「……何だと?」
「今日はこの後、領地へ向かいますので。失礼いたします」
本気で聞こえなかったローレンスは聞き返す。けれど、ディランは微笑んだまま部屋を出ていってしまう。
一見、自分に対して従順に見えるのに、言いたいことはきちんと言っていく弟分の成長を感じて微笑ましく思った。そして考える。
(アレクサンドラ・リンドバーグと出会ったのは十歳の時だったか)
(アカデミー時代のディラン様です)




