第24話
「みんな、席についてくれ」
翌朝のホームルーム。担任の教師が教壇に立つと、心なしかいつもより少し緊張した面持ちで口を開いた。
「霧島だが、体調不良が長引くということで、急遽、別の学校へ転校することになった。本人もみんなに挨拶したがっていたんだが、急な話でな。そこは察してやってくれ」
「え……っ?」
隣の席で、紬が小さく息を呑むのが分かった。
俺と快もまた、一瞬だけ身体を硬直させる。一度も顔を見せることなく、形式だけの転校手続き。やはり彼女は、あの夜を境に俺たちの前から完全に姿を消したのだ。もう二度と、あの可憐な女子高生としての霧島凪がこの教室に戻ってくることはない。
真実を知っている俺たちの胸に、鉛のような重苦しさが広がる。しかし、担任の言葉はそれだけでは終わらなかった。
「それで、だ。霧島の件とは別件なんだが、今日からこのクラスに新しく編入生が入ることになった。……おい、入ってきてくれ」
ガラガラと音を立てて、教室の引き戸が開く。
入ってきたのは、端正な顔立ちをした、どこか大人びた雰囲気を持つ青年だった。黒髪を短く整え、制服を隙なく着こなしている。クラスの女子たちが色めき立ち、「え、イケメンじゃん」「モデルか何か?」と小声で騒ぎ始める。
「――初めまして。今日からお世話になります、成瀬です。早くみんなと仲良くなれたら嬉しいな。よろしくね」
教壇に立って爽やかに微笑む彼を見ても、俺と快は特に気にも留めていなかった。霧島がいなくなった寂しさと、これから自分たちの身に何が起きるのかという不安で、頭がいっぱいだったからだ。
「成瀬の席は、一番後ろの……神城の隣が空いてるな。そこを使ってくれ」
「はい、ありがとうございます」
成瀬はカバンを肩にかけ、爽やかな笑みを浮かべたまま、通路をこちらに向かって歩いてくる。
俺は机の上に視線を落とし、ぼんやりと彼が近づいてくるのを眺めていた。
そして、成瀬が俺の席の真横を通り過ぎようとした、その瞬間だった。
歩調を緩めることもなく、正面を向いたままの成瀬の口元から、周囲の生徒には絶対に届かない、地を這うような極小の囁きが俺の耳に滑り込んできた。
「――霧島に代わって、新しく任務に就きました。よろしく、監視対象」
「……っ!?」
心臓がドクリと激しく跳ね上がり、全身の血の気が一気に引いた。
驚愕して、弾かれたように成瀬を振り返る。だが、彼はすでに俺の横を通り過ぎ、隣の空席に何食わぬ顔でカバンを置いていた。その表情は、先ほどと何一つ変わらない、気さくな転校生の笑顔そのものだった。
背中に嫌な汗がどっと吹き出す。
隣の列の快を見ると、あいつはまだ成瀬の言葉に気づいていないようだったが、本能的な危機感を察知したのか、自身の右腕を無意識に強く掴んで成瀬を睨みつけていた。
ぞっとした。
霧島凪が去り、より不気味で、より容赦のない新たな『監視役』が、すでに俺たちの懐に潜り込んできたのだ。
「よろしくね、神城くん。仲良くしよう」
隣の席から、成瀬が教科書を取り出しながら、何事もなかったかのように微笑みかけてくる。
「あ、あぁ……よろしく」
俺は引き攣った顔で、生気のない返事を返すことしかできなかった。
その後の授業は、生きた心地がしなかった。
一限目から四限目まで、成瀬は授業中、完璧な真面目な男子高校生を演じ続けていた。先生に指されれば淀みなく答え、ノートも綺麗に取っている。
だが、時折、彼がシャープペンの頭をカチカチと鳴らす音が、俺にとってはカウントダウンの秒針のように聞こえて仕方がなかった。横目で見る彼の横顔は、完全に感情が削ぎ落とされた、冷徹な仮面のようだった。
お昼休みになり、紬が「暁人、快、お弁当食べよ!」と声をかけてきたときだけが、唯一息をつける時間だった。けれど、その間も、後ろの席から成瀬の視線が俺たちの背中に突き刺さっているような気がして、飯の味なんて全くしなかった。
そして、放課後。
その男は、ついに牙を剥いた。
「神城くん、一ノ瀬くん。ちょっといいかな」
帰りのホームルームが終わり、生徒たちが一斉に席を立った賑やかな教室で、成瀬が俺たちの前にスッと立ちはだかった。
「……何の用だよ」
快が低く警戒する声を出す。
成瀬は相変わらず爽やかな笑みを浮かべたまま、周囲の生徒に聞こえない距離まで顔を近づけると、声音をワントーン落として言った。
「そんなに警戒しないでよ。少し『これからのルール』について話しておきたくてね。……今夜、あの裏路地で待ってる。君たちが『寄り道』した、あの場所だよ」
その言葉に、俺と快の身体が凍りつく。昨日の夕方、路地裏で感じたあの悍ましい気配――あれは鬼なんかじゃない、こいつだったんだ。
「一応言っておくけど、白峰さんには内緒だよ? 一緒に連れてきてもいいけど、彼女に余計な心配、かけたくないでしょ?」
成瀬はそれだけ言うと、じゃあね、と軽く手を振って、他のクラスメイトの輪に混ざって教室を出て行った。




