第22話
学校に着いた。
下駄箱で、教室への階段で、俺と快は言葉を交わすことなく、ただ周囲の視線を警戒するようにして進んだ。教室のドアを開けるとき、心臓が爆発しそうなくらい跳ね上がったのを覚えている。
だが、拍子抜けするほどに、それはあっけなかった。
ホームルームが始まっても、霧島凪の席は空席のままだった。
担任の教師が、出席簿を見ながら淡々と告げる。
「あー、霧島は今日、風邪で休みだ」
「……っ」
俺と快は思わず顔を見合わせた。風邪なわけがない。昨日あんな事件があって、その翌日に都合よく風邪をひくはずがなかった。完全に逃げられたのだと、すぐに察した。
隣の席の紬は、空っぽの机を見つめて「霧島さん、大丈夫かな……昨日もちょっと元気ない気がしたし、風邪ひいちゃったんだ。お見舞い、メールしてみようかな」と、心配そうに眉をひそめていた。
そんな紬に、本当のことなんて言えるはずがなかった。
お前が友達だと思っている霧島凪は政府の秘密組織の人間で、俺たちのことを監視対象と呼んで冷徹に見下ろすような奴なんだ、なんて。そんな残酷な真実、ただでさえ昨日大泣きさせた紬に、これ以上突きつけられるわけがない。
俺たちはただ黙って、紬の言葉に曖昧に頷くことしかできなかった。
それから、数日が経った。
驚くほどに、日常は平穏だった。
あれほど夜な夜な街へ繰り出していた快も、もう「パトロールに行く」なんて口が裂けても言わなくなった。あの路地裏で見た本物の化ケモノの恐怖、霧島凪の圧倒的な強さ、そして何より、あの救助隊員の男に言われた『寄り道しないでね』という冷たい警告。
すべてが重くのしかかり、俺たちの中に「もう変なことはしちゃダメだ」という強いブレーキをかけていた。
そして、霧島凪はあれから一度も登校してこなかった。
一週間が過ぎる頃には、クラスの奴らも「霧島、体調崩して長引いてるらしいよ」「実家の方の病院に入院したって噂だよ」なんて噂話をするようになり、彼女の存在は少しずつ教室から薄れていった。
それでも紬だけは、いつも通りに明るく振る舞い続けてくれた。
俺たちの重苦しい雰囲気を察して、それを必死にかき消すように、毎朝美味しいご飯を作って、学校でも他愛のないお喋りをして、笑いかけてくれた。
それが彼女なりの、俺たちへの精一杯の優しさであり、必死に守ろうとしている「普通の日常」なのだ。
でも、俺たちの制服のポケットの中には、あの日の男たちが置いていった『退魔庁』という組織の存在が、重い鉛のように確かに居座り続けている。
嵐の前の静けさのような、偽物の平穏。
俺と快は、その薄氷の日常の上を、今にも割れて底に沈む恐怖に怯えながら、ただ静かに歩き続けるしかなかった。




